こんにちは。GANG PARADE/KiSS KiSSのキャ・ノンです。今日も、前回に引き続き、短い小説を載せようと思います。先日ライブで新宿に行って、人の多さにげんなりしながらも、いつか書いたこの文章を思い出しました。新宿、いつ行っても慣れないですよね。いろんな人間がいて、いろんな感情が渦巻いていて、どの場所もそうなんだろうけど、あんまり知らないからこそのイメージでそんな街をテーマにして書いてみたので、よかったら読んでください。
『さくら通り』
きらきらと光っているあの町は、近くで見るとそこら中を鼠が走り、油断すれば吐瀉物を踏み掛ける。知らない外国人が気軽に声をかけてきたり、まだ三月頭だというのに露出の激しい女の子が退屈そうに看板を片手に携帯をいじっている。
「どこまで来た? ファミマは見える? さくら通りにいて、今行くから」
わかったって伝えて。そう言いながらするすると歩く彼女についていく。明日は木曜日だというのに、この町に曜日なんて関係ないことを知る。あまりの人の多さと道の狭さに嫌気がさしながら、彼女の手から自分の手が離れないように必死に進む。歌舞伎町にさくら通りなんて存在することを知らなかった。二人は当たり前みたいに目印にしていたけれど、わたしはさくら通りなんて聞いたこともなかった。
「あっ、いたいた」
ガールズバーや飲食店が立ち並ぶ中に、小さな居酒屋の前で煙草を咥える彼の姿が見えた。ひさしぶり。二年ぶりに顔を合わせるわたしたちは少しだけ気まずそうに、でも相変わらず奇抜なファッションに笑ってしまった。白に近い金髪に、眉毛のない小さい顔、穴だらけの耳。ヴィヴィアンの革靴に派手なコート。大きなネックレスと指輪は、少し動くたびにかちゃかちゃと音を立てた。
「いつぶりだっけ」
彼は相変わらずぼそぼそと喋って、何を言っているかわからなかった。聞き取りにくい彼の声に、一生懸命耳を傾けていたあの頃が懐かしく感じる。わたしたちはいつの間にか、ちゃんとした大人になれないまま歳をとっていた。テストの当日の早朝に図書室で勉強して、なんとか赤点を免れていたあの日々は、だんだんと記憶の隅に追いやられていた。もう赤点に怯えることも、補修をサボることもしなくていい。それでも大人は楽しくなかった。
お店に入るわけでもなく、立ちっぱなしで思い出話に小さな花を咲かせていた。時々訪れる沈黙に気まずさはない。喋ることがなくなると、辺りを見渡して暇を潰した。さくら通りに桜はなかった。
「そろそろ終電近いし帰ろうかな」
歌舞伎町は来たときよりもぎらぎらとしていた。至る所で男女が肩を寄せ合い、コンビニの前にはゴミ箱に入りきらないゴミたちが地面に並んでいる。お酒の空き缶はそこかしこに置かれていて、酔っ払いたちは大きな声を出していた。
「気をつけて」
彼は力なく右手を振る。相変わらずだね、彼女はまったく後ろを振り向かないで手を振った。新宿駅に向かって歩く。さくら通りを抜けて靖国通りに出る。人混みに飲まれて酔っているわたしの手を掴んで、彼女はこの辺にすっかり慣れた歩き方でずんずんと進んでいった。
「新宿って楽しいの」
「どう考えてもゴミでしょ、どうしようもなくなった人が集まるところだよ」
けらけらと笑いながら話す彼女の目に光はなかった。
「じゃあなんでいるの」
「どうしようもないからだよ」
そっか。もうわたしたちは同じじゃないんだ。少し大人になって、離れ離れになって、別々に生きてきた時間をわたしだけがすっかり勘違いしていたみたいだ。
「あんたはうちらと違うからさ、どこでもやってけるけど新宿は違うよ」
手をあげてタクシーを呼びながら彼女は言った。靖国通りを走るタクシーはなかなか捕まらない。永遠にタクシーが止まらないでいてくれたらいい。そしたらわたしが、本当に孤独にならなくて済むのに。
「一人で帰れる?」
彼女は手を下ろした。タクシーが捕まったみたいだ。うん、大丈夫だよ。変なやつに声かけられても絶対無視するんだよ。わかったって。
「じゃあまたね」
彼女が乗り込むとタクシーはすぐ走り出した。繋いでいた手からは甘ったるい、重たい香水の匂いがした。新宿駅に向かう道、二人からそれぞれのメッセージの通知。わたしはなんとなく返すことができなかった。
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