ミニモニ。やAKB48がアイドルの原体験。上京して乃木坂46に憧れてこの世界へ

――昨年はバラエティ番組など大活躍で、まさに飛躍の1年だったのではないでしょうか。振り返ってみていかがですか?

塩見きら(以下、塩見) まさしく飛躍の1年だったなと思っています。7年ぐらい芸能活動をしてきて、最も新しいことに挑戦させてもらった1年でした。とは言え、まだまだだなという感覚もあるので、2026年はさらに色々なことを形にしていく1年にしたいなと思っています。

――ご自身でもブレイクしたという実感はありますか?

塩見 「売れたね」と言われることがとても多かったので実感しています(笑)。愛媛県出身なので、地元の両親や祖父母にTVでの活躍を見てもらえたことも嬉しかったです。

――親戚の方から連絡が来たり、昔の友達から連絡が来たりもしましたか?

塩見 しましたね。親戚から両親のところに「『秘密のケンミンSHOW極』見たよ、すごいね」と連絡が来て両親も喜んでくれましたし、学生時代は友達が少なかったんですけど、インスタのDMで「TV見たよ」とか、そんなに仲良くなかった子達からも結構連絡が来ました(笑)。

――でも、現状には満足せず、2026年はさらに貪欲に攻めていきたいといった心境なのですね?

塩見 私的にはまだまだ…といった気持ちです。昨年TVにたくさん出させていただいて嬉しかったですけど、マネージャーさんに頑張ってもらったなという感覚が強く、自分の実力で出させてもらったという感覚はあまりないので、今年はたくさんお返しできるように頑張らなきゃなと思っています。

――たくさんの番組に出演されたと思いますが、特に印象に残っている番組は何でしょうか?

塩見 やっぱりクイズ番組ですね。一番緊張しました。特に『ザ・タイムショックZ』は親世代の人達にとっても有名な番組なので、両親もとても喜んでくれました。結果的には、ぐるぐる回りましたけど(笑)。

――クイズ番組に出演する際には「高校時代に数学模試全国1位を獲得」、「津田塾大学数学科卒」と紹介されることが多いと思いますが、それがプレッシャーになったりもしましたか?

塩見 本当にプレッシャーなので、才女キャラはもう辞めたいんです。数学は自分をアピールできるポイントではあるんですけど、クイズ番組は基本文系問題しか出ないので、今後は別の武器も身につけたいと思って、社会科や世界遺産などを勉強しています。あとは、学生に算数や数学を好きになってもらうような活動や発信ができたら、もっと強みを活かせるのかなとも思っています。

――せっかくのソロインタビューなので、アイドルを目指したきっかけまで遡ってお話を聞いてみたいのですが、小さい頃からアイドルが好きだったのですか?

塩見 ずっと好きでしたね。幼稚園の時はミニモニ。さんが好きでDVDを買ってもらったり、小学校の頃は家にあるiMacでAKB48さんを見て踊ったりしていました。でも、自分がアイドルになりたいと思ったことは全然なかったです。大学に入って上京した時に、多摩地区の方の寮に住んでいたんですけど、門限が夜9時で新宿とかで遊んでも8時には帰らなきゃで、何もできなかったんですよね。思い描いていた東京の生活ではなかったので、だんだん寮の中に引きこもるようになってしまって…。その時に乃木坂46さんを見て好きになって、同世代の女の子達がこんなにもキラキラ輝いているのに、なんで私は食パンに納豆を塗って食べるような質素な生活を送っているんだ!と悔しくなって…。その時に、たまたまTwitterからUUUM所属のアイドルオーディションのお知らせが流れてきたんです。ずっとネットで生きていて、YouTuberもたくさん見ていたので、あのHIKAKINさんの事務所がアイドルを募集していると思ってオーディションを受けて、神宿というグループに入ったのがアイドル人生の始まりでした。

――そんなストーリーがあったのですね。ちなみに、憧れていたアイドルの皆さんには会えましたか?

塩見 アイドルになるきっかけとなった乃木坂46の橋本奈々未さんや与田祐希さんとお会いする機会はなかったですね。与田さんはまだチャンスがあるかも知れないですけど…。ミニモニ。では辻ちゃん(辻希美)が大好きだったんですけど、最近『激推し!今夜もドル箱』という番組のMCになって、加護亜依さんにはお会いできまして、「ミニモニ。だぁ…」と思って感動しました。まさか巡り巡って、加護ちゃんと一緒にお仕事する人生になるとは…、といった感覚でした。