「働く」ことへのネガティブなイメージをどうにかしたかった

――新刊『鳥と港』は働き方をテーマとした小説です。今回、執筆にあたって「仕事」をテーマにされたきっかけを教えてください。

佐原ひかり(以下、佐原) 「仕事」や「働く」ということを考えたときに、自分の中にはネガティブなイメージしかありませんでした。私は、過去に会社に行くのが嫌すぎて逆方向の電車に乗って海に逃げたことがあるんです。毎朝出勤するときにも「会社、潰れてないかな……」と思ったり、どうしてもネガティブな印象しか湧きません。でも、それはどうしてだろうと。もうちょっとどうにかならないのかなと考えたときに、お仕事ものの小説を書いてみようと思いました。

――ネガティブなイメージのものと向き合うのは根気がいりそうです。執筆中はどんなことを意識されていましたか?

佐原 執筆中のことを思い出すと、それなりに辛いところはありましたが、辛ければ辛いほど書きがいがありました。登場人物が辛い思いを抱えているところから物語が始まっていますが、登場人物と自分は別の人間だから自分と重ねるようなことはしないでおくということは決めていました。大げさに書きすぎないように、と。

――主人公の「みなと」というキャラクター作りはどのように進んでいったのでしょう?

佐原 大学院を出た主人公の話ってあまり見かけないなと思ったのが始まりです。大学生時代、院生の先輩がとても優秀な人たちで、とても尊敬していました。そんな先輩たちが就職したら全然上手くいってない、会社ではちょっとダメな人扱いをされているという話を聞いたんです。どうして大学院から社会への接続が上手くいかないんだろう、と。なんとか先輩たちのような人たちを可視化したいと思いました。敵討ちというわけでもないのですが(笑)。

――それまで順調に生きてきた大学院卒のみなとは、就職した会社を9ヶ月で退社してしまいます。

佐原 大学や大学院までは、複雑さに決着をつけない考え方をすることができるし、そうやって研究や学問に取り組んでいく。でも、会社に入るとそうはいきません。複雑さを許容していては進まない仕事が多いので、みなとの場合、そこに生まれる段差みたいなものにつまずいてしまったんじゃないかと思います。

――佐原さんご自身も会社員の経験をお持ちですよね。

佐原 大学を出て商社に就職したのですが、みなとと同じで9ヶ月で退社しました。海に逃げたのもそのときです。その後、出稼ぎのつもりでもう一度民間企業に行きました。給与の良い企業でしたが、体育会系のノリが合わずに退職しました。

――最終的に図書館司書という仕事を選ばれたのはどういう理由だったんですか?

佐原 もともと本が好きだったんです。小さい頃から図書館に通っていて、図書館に助けられて、自分の居場所のような感覚がありました。図書館って誰でも来られる場所で、そこには先代の人たちから引き継がれてきた資料があって。それは今すぐ役に立たなくても、いつか誰かの役に立つかもしれないし、誰かを助けるかもしれない。その可能性を保存しているのが図書館で、そういう場所を守りたい気持ちがあります。