自分ができるからって、相手ができるとは限らない

――キャリアについて伺います。佐原さんが小説を書き始めたのはいつ頃だったのでしょう?

佐原 高校で文芸部に入って、部活動として小説を書き始めたのが最初です。先輩が一人しかいない部活で楽そうだからという、あまり純粋な動機ではありませんが(笑)。

――初めて書かれた小説はどんなものだったのですか?

佐原 夢の中で出会う女の子の話でした。その女の子は現実にいる友達の誰でもなくて、夢を見ている時にだけ会える友達なんです。実際にそういう夢をよく見ていて、目が覚めたらその子とは二度と会えなくなってしまう。そんなとき、自分がすごく寂しい気持ちになったことを書き残しておこうと思って書きました。

――その小説を読んでみたいです!部活動では定期的に書かれていたんですか?

佐原 部誌のような冊子を作っていました。それを文化祭で配ったら、ある日、全然知らないクラスの男の子に呼ばれて、手紙を渡されたんです。てっきりラブレターだと思うじゃないですか(笑)。そしたらなんと、その子のお母さんからのお手紙だったんです。私が書いたものを読んで感激してファンレターを書いてくれたんです。便箋5枚くらいの長さで「家族みんなで読んでいます」って。

――素敵なエピソードですね。すでにファンを獲得していたんですね。

佐原 そのときに初めて、書いたものを読んでくれる人がいるという喜びを知りました。

――高校卒業後も小説は書き続けていたんですか?

佐原 それ以降は司書になって、仕事の傍ら投稿するための小説を書き始めるまで書いていません。たぶん私は、読者と締め切りと、原稿料がないと書けないんだと思います。

――デビューされてからは兼業作家として活動されていますが、二つの仕事を続けていく上でどんなことを意識していますか?

佐原 実際のところ上手く兼業できているのか分かりません(笑)。昼間の司書の仕事中はあまり小説のことは考えないようにしています。小説の次の展開など、何かのひらめきが入ってくる瞬間はありますが、仕事中はそれを広げないようにして。ひらめきはそのまま取っておいて、帰宅してから膨らませるように切り替えています。

――小さい頃から本に親しんでこられた佐原さんが作家になって、小説や日常のものごとへのまなざしに変化はありましたか?

佐原 単純な読者だった頃の読み方にはもう戻れないなと思います。「構成や展開を分析してしまうので。でも、そんな私の邪念を超えてくる作品に出会った時により強い喜びを感じるようになりました。最近だと小川哲さんの『地図と拳』は、一切他のことを考える余裕もなく夢中でページをめくるような体験でした。個人的な変化だと、少し嫌なことがあっても「いつか何かに書けるかな」と思うようになりました。自分なりの逃げ方というか、耐え方ですね。ただ嫌な思いをして終わりではなくて、言葉や振舞いのサンプリングをしたんだと思うようになりました。

――佐原さんは小説を書く上でどんなことを大切にされていますか?

佐原 フランスの作家、フワンソワーズ・サガンの「優しさのない人とは、相手ができないことを求める人です」という言葉があります。自分ができるからって相手ができるとは限らない。それを少しでも意識することが優しさに繋がるんじゃないかという気持ちをずっと持っていて、小説を書く上でもそこに心を砕いているところはあります。お話作りとしては、少女漫画や少女小説を読んで育ったので、一話で引きを作って終わる、というような漫画っぽい構成を頭の中では考えています。私は白泉社が出している少女漫画の、日常の出来事に飛び道具としてちょっとだけ不思議なことが混ざりこんでくる感じがとても好きなんです。だから私も、ストーリーを作るときに少しだけ飛び道具の要素を入れ込むようにしています。

――今後、新しくテーマにしてみたいものや気になっていることはありますか?

佐原 不老不死や、芸能界ものなども書いてみたいです。それからストレートに学校を舞台にした群像劇もそのうちできればと。近いうちに扱いたいテーマとしては、有名人に対しての世間の踏み込み方でしょうか。芸能人が結婚したら相手を特定したり、プライベートに立ち入ったり。人間が人間を人間だと思っていないようなことなのに、それに気づかず平然とやってしまっているところにモヤモヤします。そういうところを書けたらと思っています。

――プライベートで何か挑戦してみたいとはありますか?

佐原 街を見る旅行がしたいです。今は時間がなくてあまりできていませんが、街を見るのが好きなんです。どういう建物があって、どういう人が暮らして、どのくらい空が見えて、どういう空気感なのか。早足の人が多い街だったり全体的にのんびり歩いている街だったり。小説を書くときも、そうして自分で感じ取ったもので立体の街を作ったりするので、松尾芭蕉じゃないですが、全国の街を見に行きたいです。

――最後に、『鳥と港』を読まれる読者の方にメッセージをお願いいたします。

佐原 私自身、働くことが苦手でいつも嫌だと思っていました。そんな気持ちを抱えたまま定年まで働くのはシンプルにしんどいです。そこを割り切れる人はもちろんいると思いますが、割り切れない人もいる。だけど、「働くってこういうことだよ」という決まりはないと思っています。「苦しくても頑張るもの」とか「辛くて当たり前」とか。それが仕事だとされることも多いけど、実際はそうではないんじゃないかなって。私の友人にも、仕事が駄目なのではなく、都会で働くのが無理なのだと気付いて地方に移住したら自然に働けたという人がいます。よく「辞めたら後がないぞ」と言ったりしますが、そんなことはないし、それでも生きていける社会になってほしいと思います。だから、働くことを諦めないでほしいです。

Information

『鳥と港』
好評発売中!
定価:1870円(税込)
出版社:小学館

大学院を卒業後、新卒で入社した会社を春指みなとは九ヶ月で辞めた。所属していた総務二課は、社員の意識向上と企業風土の改善を標榜していたが、朝礼で発表された社員の「気づき」を文字に起こし、社員の意識調査のアンケートを「正の字」で集計するという日々の仕事は、不要で無意味に感じられた。部署の飲み会、上司への気遣い、上辺だけの人間関係──あらゆることに限界が来たとき、みなとは職場のトイレから出られなくなった。退職からひと月経っても次の仕事を探せないでいる中、立ち寄った公園の草むらに埋もれた郵便箱を見つける。中には、手紙が一通入っていた。「この手紙を手に取った人へ」──その手紙に返事を書いたことがきっかけで、みなとと高校2年生の森本飛鳥の「郵便箱」を介した文通が始まった。無職のみなとと不登校の飛鳥。それぞれの事情を話しながら「文通」を「仕事」にすることを考えついたふたりは、クラウドファンディングに挑戦する。

特設サイト

佐原ひかり

1992年6月12日生まれ。兵庫県出身。2017年、『ままならないきみに』でコバルト短編小説新人賞受賞。2019年、『きみのゆくえに愛を手を』で氷室冴子青春文学賞大賞を受賞し、2021年に同作を改題、加筆した『ブラザーズ・ブラジャー』(河出書房新社)でデビュー。その他の著書に『パーパー・リリイ』(河出書房新社)、『人間みたいに生きている』(朝日新聞出版)、共著に『スカートのアンソロジー』、『嘘があふれた世界』がある。

PHOTOGRAPHER:TOMO TAMURA,INTERVIEWER:YUKINA OHTANI