大学時代にモータースポーツの世界へ“社会人”の兼業ラリードライバーとしてステップを

――過去の記事によると、大学時代にはパイロンの間を駆け抜けてタイムを争うモータースポーツ「ジムカーナ」にも初挑戦されたとありました。大学生活は、すべてをクルマに捧げていたそうですね。

兼松 大学1年生の夏に、群馬県の宝台樹スキー場駐車場で行われたジムカーナの走行会に参加して、自分にとってのモータースポーツデビューでした。冬には、出身地の岐阜県にあるYZサーキットの走行会で、サーキットデビューも果たしたんです。走るだけに限らず、クルマ雑誌『ドリフト天国』のカワサキ編集長が、日産の180SXを自分でオールペン(車体の全塗装)するYouTubeの動画に憧れて、場所を貸してくれる板金屋さんを見つけて、愛車を緑色に塗り替えた経験もあります(笑)。ホイール集めにもハマっていて、アルバイト代が入るたびにネットオークションで買っていたら、自宅がホイールで溢れかえっていました。でも、2台目のインテグラがまたしても事故に遭って…。その後、2人の知人に異なるグレードのインテグラをそれぞれ譲ってもらう機会に恵まれて、高校卒業から大学時代にかけて、計4台のインテグラを乗り継ぎました。

――青春時代は、インテグラに愛されていたかのようです。そして、大学卒業後には自動車関係の企業に就職されたと。

兼松 元々、就職する意思はなくて、大学院に進もうかと思っていたんです。でも、大学のゼミで教わっていた同性の先生の言葉で、考え方が変わりました。先生との雑談で将来どうしたいかを聞かれたときに「結婚して幸せになりたい」と答えたら、先生が「結婚したからって、幸せにはなれないよ。卒業までに、その考え方を改めてもらいます」と言われたんです。当時は意味が分からなかったんですけど、少しずつ、進路を真剣に考えるようになって。ちょうどその頃、漫画『オーバーレブ』の影響で友だちに譲ってもらったMR2 AW-11を修理しながら乗ろうと思っていたので「愛車を直すために働きます」と言ったら、今度は先生から「あなたの人生、そのクルマ1台でいいの?」と聞かれました。そこからさらに話を聴くうちに「人生の軸を立てなければ」と考えるようになり、曖昧ながらも「クルマに関わり続けたい」と気が付いて、ジムカーナの走行会で出会った方からの紹介で、自動車関係の会社にエントリーして、就職しました。

――その後、社会人となり、2018年にいよいよラリーへ初参戦します。

兼松 社会人1年目の1月でした。ラリードライバーを募集していた会社のオーディションを受けて、転職したんです。でも、結果としてチームは3ヶ月で早々に活動休止となってしまって…。当時、一緒に会社へ入ったのが女性ドライバー限定のプロレースシリーズ「KYOJO CUP」に参戦している永井歩夢ちゃんでした。

――共にモータースポーツ界で活躍する仲間との出会いも経て。2019年には、地区戦「中部近畿ラリー選手権」へと参戦しました。

兼松 前チームの活動中に参加したラリーの走行会で「うちで働きながら走らない?」と誘ってくださった方がいて、愛知県豊田市にあるトヨタ系列の株式会社JPCに転職したんです。社内のラリーサークルでトヨタ主催のイベント「TOYOTA GAZOO Racing ラリーチャレンジ」に参戦して、参加費用を支援していただき地区戦「中部近畿ラリー選手権」にも参戦しました。でも、「中部近畿ラリー選手権」は会社ではなく個人での参戦だったので、苦労もあったんです。大会前には、会社のラリーサークルのみなさんの力も借りて車両をメンテナンスしたり。所属していたクラブにお願いして、コ・ドライバー(競技中にコースを案内するナビゲーター)は、当時は会社員で今は漫画家として活躍する友だちの水田マルちゃんに務めてもらいました。約1年、2人でクラス優勝、シリーズランキング2位を獲得できたんですけど、マルちゃんは都内に勤めていたので19時の退社後に新幹線で名古屋駅へと向かい、私がクルマで迎えに行き、24時前に会場の京都へ到着した日もありました(笑)。

――兼業ドライバー、兼業コ・ドライバーの大変さですね(笑)。2020年からは、クルマのパーツメーカー「CUSCO」のワークスチーム「CUSCO RACING」のラリードライバーとして「全日本ラリー選手権」へと進みます。

兼松 地区戦でのシリーズ2位を獲得後、オーディションがあると知ったのでダメモトで応募しました。WRC(世界ラリー選手権)、全日本ラリー選手権、ラリー未経験の育成枠と3つのカテゴリがあり、全日本ラリー選手権のカテゴリーに合格したのが偶然にも、最初のラリーチームで一緒だった歩夢ちゃんと私だったんです。参戦した当時の私はまだ、株式会社JPCで働いていて、有給消化して競技に参加していました。

――ワークスチームに所属しても、ラリードライバーを本業にするのは難しいんですね。モータースポーツ界のリアルが、垣間見えます。

兼松 プロドライバーと名乗れるかは難しくて、少なくともラリー界では自営業の方か、兼業の方がほとんどだと思います。サーキットを走る華やかなレースでも出場するのに「数百万円かかる」と言われる競技もありますし、個人的な価値観では、チームから契約金をいただいて活躍できるようになるのが、プロドライバーの証しだと思っています。