夫はプライベートの私と仕事をしている黒沢あすかの両面を見てくれている

――映画『歩女』は、黒沢さんの夫である特殊メイクアーティストの梅沢壮一さんが監督を務めています。制作はどのように始まったのでしょうか。

黒沢あすか(以下、黒沢) 梅沢が自分で映画を監督するときは、いつも事前に相談などはなく、脚本が出来上がってから、「今回撮るから」と製本された台本を渡されるんです。その前に「台本を書きに行く」という言葉を聞くので、それがボチボチ始まるのかなという合図なのですが、実際の撮影が1年後なのか2年後なのかは分からないんです。今回もそんな感じでした。

――脚本を書く段階で、黒沢さんが主演ということも聞かされていないんですか。

黒沢 そもそも私たちの映画作りは、私ありきで始まりました。だから梅沢が作る作品は自然と私が真ん中に来るんです。ただ『歩女』がクランクアップした後、「次は私ではなく、他の方にお願いしたらどう?」と言いました。まだまだ梅沢は映画を撮りたい気持ちが強いでしょうし、彼が飛躍するためにも、さらに作品に注目してもらうためにも、次の段階が必要なんじゃないかと思うんです。

――夫婦で映画作りするメリットはどういうところに感じますか。

黒沢 梅沢は、プライベートの私と仕事をしている黒沢あすかの両面を見てくれています。今回の『歩女』は、今まで私が出演した作品を観た方々の記憶に残っている黒沢あすかではなく、日頃から夫が見ている私の一部をチョイスして広げてくれました。今回、私が演じたユリという女性は、気持ちが波立たない、常に凪の状態という設定です。そういう部分を私自身も持っていますが、それで84分という上演時間を演じ切るのは自分にとっても新たな挑戦でした。常々そういった役に挑んでみたいと思っていましたが、どうしても求められるのは、今まで自分が培ってきたものが大きな比重を占めます。ユリという役を演じられたのは、梅沢あってこそですし、二人で作っていることの、ある種“功罪”なのかなとも思います。

――新たな挑戦とはどういうことでしょうか。

黒沢 いかに感情を抑えるかというところです。私もいろんな現場に行っているので、最近浸透しているメソッド演技法を実践する若手俳優さんを見る機会も多いんです。そうすると今の時代の流れ、あるいは海外から来た流れというのはこういうものかと勉強になります。彼ら彼女らのアプローチは、今まで私がやってきたこととは異なります。それを否定するのではなく、お手本にして、自分の良さを保ちつつ、新しいものを取り入れたい。ユリを演じるには、その必要性があると感じました。

――梅沢監督は数多くのホラー作品に携わっていますし、初長編監督作の『血を吸う粘土』(17)もホラー映画でした。『歩女』もホラー要素がありつつ、ミステリーやサスペンスも巧みに取り入れていますが、どこかクールな印象があって独自の世界観を感じさせました。

黒沢 私同様、梅沢自身も特殊メイクアーティストとして様々な現場に行っているので、そこで台本の作り方を始め、彼なりに勉強を積み重ねてきています。近年、黒沢清監督、是枝裕和監督、濱口竜介監督など、日本の監督が世界で注目を浴びています。そういった方々から映画作りのポイントを学ぶところも大きいでしょうし、彼なりに新しい要素を取り入れる努力をしているんだと感じます。