いろんな現場で培ってきた身体表現を踏まえた一人芝居のシーン

――“靴の生きもの”が物語で大きな役割を果たしますが、その靴のせいでユリが一人身もだえるシーンも異様でインパクトがありました。

黒沢 付喪神(つくもがみ)じゃないけれども、あの靴の中には人の念が込められているんですよね。念というのは人それぞれ違うと思うんですが、身につけているもので言えば、人によってはネックレスかもしれないし指輪かもしれない。『歩女』に関して言えば、靴に念が留まることで、ユリの片足を掃除機のように吸い込んでいき、それが全身に回っていく。そんな想像をしながら演じていたら、あんな感じになりました(笑)。あのシーンの演出で梅沢が言っていたのは、「最後に横にあるテーブルに雪崩込むようにして座ってもらいたい」という説明だけ。あとは私のアドリブなんです。だから吸い込まれた後、どうやってテーブルのほうに行けばいいのか。雪崩込んだ後に、どういう状態で座ればいいのか。それこそ、いろんな現場で培ってきた身体表現も踏まえて、それらを組み合わせて、梅沢が求めているものを表現するように努めました。

――一発OKだったんですか?

黒沢 確か2回撮りました。もう一回と言われたとき、「何が違うの?どうしたらいいの?」と悩んだんですが、梅沢がこうして欲しいと言ったところを強調してやりました。

――目を凝らさないと見逃してしまうようなシーンの積み重ねも不穏さを増幅させていたと思います。

黒沢 そういった細かい表現の落とし込みは、梅沢という人間の繊細さを表していますし、そういうところにこだわりを見せるところは変わっていないなと。そこが彼の特質でしょうね。

――スタッフ陣はどのように集めたのですか。

黒沢 梅沢はいろんな現場で仕事をしていますから、その時々で良い仕事をしているなと感じた方々に、「新作を撮る機会があったら参加していただくことは可能ですか?」と声をかけているんです。また、これまでの梅沢の監督作を観て、「梅沢さんの作る作品だったら参加してみたい」と手を挙げてくださる方もいて、みなさんプロフェッショナルの集まりです。

――完成した作品を見てどんな印象を受けましたか。

黒沢 まず梅沢は『歩女』を作るにあたって大好きなホラーに一番の比重を置くのではなく、時代のアンテナに引っかかってもらえるようにミステリーなどの要素を少なからず入れ込んだんだなと。でも決して迎合する訳ではなく、自分の表現したいところは忘れていないなと感じました。映像技術も素晴らしかったですが、カットバックを含めて、どういう色付けをしていくかによって、ファンタジーになったり、ミステリーになったり、いろいろ変化するものなんだなと驚きました。そういった効果を駆使して、今までにない作品作りに取り組んだ梅沢という監督の進化と深化、その二つを感じることができました。

――夫婦で新しいことに挑戦できるのは素晴らしいなと思います。

黒沢 自分の得意とするホラーを前面に出さないのは、梅沢にとって挑戦であり、戦いでもあり、本作がどういう評価を受けるのか分からないと言っていました。私自身、役作りで得意としているエキセントリックな部分を外すのは挑戦でしたし、どう世間に評価されるのかという怖さもあります。最初のほうのお話しに戻りますが、夫婦で何年もやってきたからこそ、お互いに学べることも多かったですし、タッグを組んで作品を作るということは進化(深化)していくものなんだなと感じました。

Information

『歩女』
2024年8月3日(土)より新宿K’s cinemaにてロードショー

8月3日〜8月9日:19時30分~
8月10日〜8月16日:20時20分~
8月17日以降は劇場にお問い合わせください

黒沢あすか
石澤美和 川添野愛 橋津宏次郎 もりゆうり ジャガモンド斉藤
詩歩 木村保 清水守蔵 保田ヒロシ 安保匠 三土幸敏

監督・脚本・編集:梅沢壮一
©「歩女」ソイチウム

交通事故で記憶の一部がおぼろげになったユリは、不動産屋で働きながら慎ましく暮らしていた。そんなある日、宮内という男が部屋探しにやって来る。その日以来、“靴”に対してなぜか異様な感覚を持ち始めるユリ。そしてついに“それ”は現れた。何かをユリに訴えかけるように不気味に蠢く“靴の生きもの”———。その靴に足を通した瞬間、謎の残像や何者かの声が次々にユリの脳裏に浮かび始める。やがてユリはその靴の生きものに導かれるように、自身の過去にまつわるひとつの真実にたどり着く。

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黒沢あすか

1971年12月22日生まれ。神奈川県出身。1990年、『ほしをつぐもの』で映画デビュー。主演を務めた映画『六月の蛇』(02)で第34回シッチェス国際映画祭最優秀主演女優賞をはじめ、数多くの賞を受賞。映画『冷たい熱帯魚』(11)でヨコハマ映画祭助演女優賞を受賞。主演を務めた短編映画『積むさおり』(19)で、「Horrible Imaginings Film Festival短編部門」で最優秀主演女優賞を受賞。主な映画出演作に『沈黙〜サイレンス』(16)、『楽園』(19)、『658km、陽子の旅』(23)、『法廷遊戯』(23)など。

PHOTOGRAPHER:TOMO TAMURA,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI