年齢の離れた男女の恋愛を描いた新刊「友人同士の関係性」は年齢と共に大切さを増して
――新刊『天使は見えないから、描かない』では、18歳年上の叔父と逢瀬を重ねる33歳の女性の恋愛模様を描いています。
島本 10代の頃から、年齢の離れた男女の恋愛ものを書くのが好きだったんです。じつは、大学時代にも、叔父と姪の恋愛を書こうとした経験がありました。ただ、主人公の年齢が当時の自分と同じく10代でしたので救いのない物語になりそうで「これって虐待にあたるのでは?」という葛藤もあったので、プロットを捨てたんです。その後、先生と生徒の関係性に形を変えたのが『ナラタージュ』だったんですが、人間としても作家としても経験を重ねた今だからこそ書けると思い、あらたに『天使は見えないから、描かない』を書きました。
――当時は描けなかったテーマを、今なら描けると思えた理由は?
島本 自分の年齢も上がり、一人の大人の女と男として、二人の関係を描けると思えたことが大きいです。社会的に議論が巻き起こりそうな恋愛関係にどう決着をつけるのかについても、私自身が、登場人物たちはもう少し自由に生きてもいいのではないかと考えるようになったことで、ラストにたどり着くことができました。新刊では、主人公と高校時代からの女友達の関係も重要な鍵になっていて、今回は一歩踏み込んだ女同士を描けたと思っています。
――作中では、主人公の永遠子と親友の萌のやりとりが、まさしく当てはまります。
島本 永遠子と萌の友情は、たがいの境遇が違うからこそ得難く尊いものだと思うんです。社会人になってから出会っていたら、仲よくならなかったかもしれない二人なので。利害関係のない学生時代に出会った長い付き合いの友人は、私にもいます。若い頃は恋愛に意識を向けがちでしたが、年齢を重ねるにつれて、友人の理解に助けられることも多く、互いの環境の変化を受け入れながらも続く繋がりは私にとって特別です。
――登場人物それぞれの人生模様が描かれる新刊からは、人生の機微が垣間見えて。世にいわれる正しさだけでは生きられない、現実の難しさも伝わってきました。
島本 倫理的な正しさは必要だとしても、個人の幸せ、欲求や欲望を考えると、必ずしも正しさだけではかれないと思うんです。昨今では、完璧な辻褄を求める風潮が強くなっている気がして、過去と現在で考え方が変わったり、言うことが矛盾することは、本来、人間はままあることで、それを脊髄反射で嘘と断罪していいものだろうかと感じることもあります。人は、誰でも矛盾を抱えている。そのグレーな部分は、今後、小説でも掘り下げてみたいですね。
――実際の日常生活でも、人との間の「矛盾」を感じた経験があるのでしょうか?
島本 人との間というよりは、自己矛盾かな。私は元々、1対1のコミュニケーションが好きで、複数人と時間を共にするコミュニケーションが苦手なんです。その一方で、飲み会のような場面で周囲と気さくにふれあえる人は「コミュニケーション力が高い」と思って羨ましくもあったし、自分の中に引け目があったんです。でも、あるとき、仕事でお会いした精神科医の方から「無理に輪を広げる必要はない」と聞いて価値観が変わりました。その先生は「広く浅くコミュニケーションを取れる人はむしろ深く関わるのが苦手かもしれないし、誰彼かまわず近しくならないことで自分を守れるといった利点もあるから、出来ないことはしなくていい」ともおっしゃっていて、衝撃を受けたんです。若い頃は「苦手なことは克服しなければ」と信じていましたが、年齢を重ねるにつれて、自分にとっていらないものが分かってくることで、生きるのが少し楽になるものだな、と実感しています。