Contents

    こんにちは。GANG PARADE/KiSS KiSSのキャ・ノンです。この時期になると、毎年3年前のことを思い出します。生き物との別れって本当に辛くて、しばらく立ち直れずにいる中で、でも残すべきな気がして書いた小説です。うちにいてくれたハリネズミのたわしくんはとっても可愛かったのです。今読んでも、書き直しても、苦しい気持ちになりましたが、よかったら読んでください。

    『針』

    みるみると大きくなる背中のコブに、いっそあなたの針を刺したい。その開いた小さな穴の中から膿が溢れ出して、苦しみも老いもすべてなくなってしまえばいいのに。それか、その背中にストローを挿して、いらないものをちゅうちゅうと吸い出せてしまえたらどれだけ楽だろうか。そうして本体だけが残って、あなたがまた元気で走り出せたら。

    あの日、いつものように水をあげようとケージの蓋を開けると、あなたは眠るように死んでいた。ここ最近はすっかり、起き上がることも、きちんとご飯を食べることもなくなり、痩せ細っていく姿を見守ることしか出来なかった。初めて出会ったあの日になれたらと、明日も生きていますようにと、願いながら生きる毎日に少し疲れも感じていた気がする。

    母はかわいそうにと泣いた。私も涙を止められなかった。溢れるものを堰き止めることができず止めどなく泣いた。あなたをケージから取り出す。不覚にも死体を触ることがこわいと思ってしまった。死後硬直した体はまだ少しあたたかくて、今にも呼吸が聞こえる気がした。目を開けることないあなたの体を、タオルでやさしく拭く。弱りはじめてからしばらくお風呂に入れてあげることができなかったので、体はすっかり汚れていた。右の背中にできた大きなコブのせいで上手く起き上がれず、床にずっとついていた左半身は少し腐っていた。

    罪のようなものを感じる。生き物を飼うということはエゴだとわかっているのに。自分より後に生まれて、自分より先に死ぬことは最初からわかっていたはずなのに、どうしてもう少し生きてくれないのだろうか。

    生き物は死んだらどこにいくのだろう。小さい頃よく行っていた公園の近くに、ペットの葬儀屋があった気がすることを思い出した。調べようと携帯をみると、時刻は二十三時を迎えようとしていた。それでも受付は二十四時間営業で、いつ亡くなるかわからない命のためなのだとわかった。電話をかけてみると二コールほどで出てくれた。住職さんの優しい声がする。「この度はどうされましたか」すっかり止まったと思っていた涙が、状況を説明しなくちゃいけないことに身構えて溢れ出す。冷静を装って、話せなくならないように息を吸う。「つらかったですね。それでは明日の朝、お待ちしていますね」最初から最後まで波のない優しい声に救われた。

    いつもと何も変わらない朝、父が泣いている姿をはじめてみた。保冷剤で冷やされたケージの中から小さな箱を取り出す。黄色いタオルに包まれて、静かに眠るあなたの姿を見て、父は大きな背中が小刻みに揺らし、声をあげて泣いた。きっと父なりに、別れを告げたのだろう。涙と一緒に流れた鼻水をティッシュでかみ、仕事の準備を始めていた。ちゃんと見送ってあげてね。こちらを見ずに階段を登りながら父は呟いた。私と母は葬儀屋に行く準備をする。小さな箱を小さな紙袋に入れた。

    「行こっか」

    家を出ると雨が降っていた。大きめの傘をさして、あなたが濡れないように紙袋を抱えた。幼い頃、よく遊びに行っていた公園の方まで約二駅分、母と歩く。朝八時の商店街は人通りが少なかった。忙しくなってから母と話すことも減っていたので、少しだけ思い出話をした。あなたと出会った日のこと、あなたが家に来てくれた日のこと、お風呂に入れた日のこと、廊下を走り回っていた日のこと。携帯の写真フォルダに入っている画像や動画を見せながら、すごく可愛かったね、優しい子だったね、なんて話していた。日々なんだか窮屈だった私は、他愛のないあなたとの思い出話ができてしあわせだった。公園から三分ほど歩いたところに葬儀屋はあった。初めて行く場所にはなんとなく緊張する。小さく息を吸って、インターホンを押すと、中からスーツを着た女性が出てきた。

    「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

    案内されるまま、階段を降りるとそこにはいろんなペットの遺骨と写真が置いてあった。好きだった食べ物やおもちゃ、付けていた首輪などがたくさん供えられていた。初めてみる世界に少し驚いたが、愛してきたペットといつでも会えるようにしたい気持ちは痛いほどわかった。受付を済ませると、奥に通される。「お預かりしていいですか?」紙袋から取り出して受け渡すと、箱を開けて包まれたタオルを開いて、顔が見えるようにしてくれた。「とってもかわいいお顔ですね」そうなんですよ、可愛くて。笑顔で答えようとしたはずなのに、気付けば涙がマスクの中に入ってきていた。横にはお線香が用意されていて、「ゆっくりお別れしてあげてください」とスーツの女性はそこを離れた。顔をみるとやっぱり苦しくて、声を殺して母と二人で泣いた。あなたはそれでも眠っているみたいに穏やかな顔をしていた。まだいつでも起きてくれる気がした。

    人差し指で体を触る。これで本物のあなたに触れられるのは最後だ。生前はなかなか触らせてくれなかった針も、今ならどれだけ触れても怒ってくれない。私は一本だけ針を抜いて持ち帰ることにした。

    過去の連載記事はこちら
    https://strmweb.jp/tag/ca_non_regular/

    キャ・ノン

    「みんなの遊び場」をコンセプトに活動する11人組アイドルグループGANG PARADEのメンバー。また、「KiSSをあなたにお届けchu!♡」をキャッチコピーに活動するWACK初の王道5人組アイドルグループ『KiSS KiSS』のメンバーの一人でもある。ライブ好きで、苦手なことや、できないことは出来るようになればいいというタフでロックな精神の持ち主。2024年5月31日より自分自身のライブレポートなどを綴った『アイドルリアル備忘録』をSTREAMにて連載中。