こんにちは。GANG PARADE/KiSS KiSSのキャ・ノンです。来週はなんと、念願のインタビューということで、今回も先週、先々週に引き続き私小説をお届けしようと思います。連続で読んでも面白いかなと思うので、ぜひ暇つぶしにしてもらえたらうれしいです。今回は少しテイストが違って、このときハマっていた小説の文体を意識して書いてみたものになります。よかったら読んでください。
『始発』
生活に困るほど浮き沈みがあるわけではない。それでもわたしは自分の情緒に振り回され続けている。一度欲しいと思ってしまったものはどうしても手に入れないと気が済まないし、髪を切りたいと思ったらその日に切りに行かなくてはいけない。そうしないと自分が未完成で仕方なく感じてしまうのだ。耐えきれず自分で前髪を切って失敗した日には、こうやってわたしはわたしに蝕まれていくのだと痛感した。
わたしにはあまり、調子のいいときなんて存在しないので、普通かちょっと元気な時で構成されている。起きていることがむずかしいし、ショートスリーパーの人には心底憧れる。家に帰っては、体と心をベッドに投げ捨てる日々だ。
普段はそんな生活なのに、なぜかそのちょっと元気な時に、無理をして遊びに行ってしまったり、人との予定を立ててしまう。すぐにだめな自分がやってくるというのに、いつまで経っても学べない。明日だってちっとも元気じゃないのに、先週のわたしは、二年ぶりに会う人と飲みに行くことを決めてしまっていた。そんな感じで、少し前の自分を恨むことばかりだ。
夜中の三時に撮影が終わり、朝四時半に千葉から渋谷に帰ってくる。何時からが朝なのかよくわからないけど、四時はなんとなく朝っぽい。首枕を巻いたまま駅に向かって歩く。道玄坂は相変わらず地獄で、渋谷という街はいつだってちゃんと汚いし、臭くて終わっている。始発まであと二十分だったが、この時間で家にたどり着けるならと眠気に耐えきれずタクシーに乗ってしまった。
「大通りに出てください」
思ったよりも声が出なくて驚きつつ、体力はとっくに限界を迎えていたのでもう一度言い直すことはしなかった。くだらないテレビコマーシャルが一生流れている。できるだけ脳みそに情報を入れたくないわたしは、テレビを見るのがすごく苦手だ。ニュース番組ならまだよくて、バラエティやテレビコマーシャルは大変。音楽と映像と日本語が一気に垂れ流されていて、これをすぐに脳内で整理して理解できる人間はよくできているといつも思う。情報を取り入れる時は絶対にひとつずつがいい。音楽やラジオは耳から取り入れるだけだし、本も目から情報を読み取るだけ。わたしはそうやってひとつずつで、丁寧に生きていきたいのだ。すみません消してください、というのも面倒で窓の外を眺めていた。目を瞑ってしまったらもう起きられない気がした。それと、遠回りされないように監視していなくてはならないという使命に駆られるのだ。
「すみません、ここでいいです」
家まではあと少しだったが、急にこの乗り物から降りて、自分の足で歩かなくては行けないと言われているような気がした。深夜料金は高かった。もうすっかり太陽は顔を出して朝だというのに。外に出た瞬間、衣装や靴やメイク道具の入ったバッグは重くて、なぜ降りてしまったのかと自分を責めた。やっぱりわたしの中には何人かのわたしがいて、誰かがでしゃばるとかではなく、アニメや漫画でよくある天使と悪魔みたいに脳内で会議しているんだと思う。
九月の明け方は涼しくて、過ごしやすいのが唯一の救いだった。わざと、なんとなくゆっくり歩く。こんなことなら始発を待てばよかったのに、それでも急いで歩く気にはならなかった。
家に着く頃には五時を過ぎていて、鍵を開けると同時に服を脱いだ。着ていたものも衣装も全部洗濯機に投げ捨て、すぐに歯を磨いた。明日は十時から仕事がある。明日と呼んでいいのか、もう今日なのか、まだ寝ていないから明日なのかなんて、いろんな方向に左手を動かしながら考える。そんなことは本当にどうでもいいのに、寝ていないとまだ今日は今日なのか、と気になりはじめてしまいGoogleに検索をかけた。アラームをかけなくちゃ。結局、検索結果なんて見ないまま、とりあえずアラームを8時に設定した。お風呂は明日入ろう。口を濯いで歯ブラシを置く。洗面台の鏡に映るわたしの顔は、土みたいな色をしていて最悪だった。急いでベッドに入る。こんな睡眠時間なのにどうして明日人と会う約束をしてしまったのか、本当にわたしはわたしがきらいだ。目をつむれば、一瞬で体は鉛のようにベッドに溶けていった。それでもアラームが鳴れば、一音目で起きれるのだろう。そこだけはそんな自分が好きだ。
過去の連載記事はこちら
https://strmweb.jp/tag/ca_non_regular/