青年誌の表紙も席巻するグラビアでの活躍「売れる気しかない」と自信はあった
――写真集最新作にも象徴されるグラビアはもちろん、俳優、タレントと多彩に活躍しています。2023年12月にHKT48を卒業し、2024年の「ミクの日(3月9日)」に福岡サンパレスで卒業コンサートのステージに立ってから2年。現状のように飛躍できると、思っていましたか?
田中 グラビアはまだしも、俳優やタレントとしてのバラエティ番組出演は想像していなかったです。でも、いい方向へ進めているという実感はあって、毎日がうれしさでいっぱいです。
――代名詞でもあるグラビアでは16歳の当時、2017年12月発売の『週刊ヤングジャンプ』(集英社)でデビュー。数あるお仕事の中でも、ひときわ自信もあるのかと思います。
田中 なんで、ここまで自分が求められているのかは謎です(笑)。でも、ありがたいです。自分の魅力がどこかも分からないけど、ファンのみなさんが好きでいてくださるなら、続けていきたいお仕事の一つではあります。
――例えば、お仕事の現場で好意的な評価をいただいたこともあるんでしょうか。
田中 明るさ、コミュ力を評価していただくことはあります。グラビアに限った話ではないですけど、グループ卒業後に「売れる気しかない」という自信はあったんです。自己プロデュース力には自信があったし、グループ時代はメンバー同士のバランスも考えた活動に力を入れる必要があったので、卒業後は「自分だけが求められることに応えて、自由に何かを作っていける」と、期待もしていました。
――その選択肢として、グラビアも視野には入れていたと。
田中 そうなんです。小学6年生でHKT48への加入後、実は、胸を小さく見せるため、さらしを巻いて活動していた時期もあるんです。内心で「武器になるのにな」と思いながらも、グループとしての統一感を保つためには、個性を引っ込めなければならないという葛藤もあって。もちろん、守られていたという感謝もあるんですけど、自分の意見も汲み取ってくださる方々に囲まれる今の環境では、気持ち新たに活動を続けられています。

――シンプルに、グラビアのお仕事は好きですか?
田中 はい。グループの先輩たちがグラビアに登場していた流れで、すすめられてはじめたお仕事ではあったんです。でも、撮影してみたら「自分ってこんな顔ができるんだ」と発見できたし、グループを離れて、表情を独りでじっくり研究できるのも楽しかったので、グラビアデビューした当時の思いもずっと残っている感じです。
――今では「令和のグラビアヴィーナス」と呼び声高く、時代を代表する存在としても注目されています。
田中 どこの雑誌でも書かれるんです(笑)。でも、ありがたいし、たくさんのグラビアアイドルの方々がいて、私もその一人として受け入れていただいているならうれしいです。キャッチフレーズに対するプレッシャーもありませんし、これからもとことん大げさに書いてほしいです(笑)。
