切実に一つのものを作り上げている空気感があって楽しい現場
――コウはバンドを組んで、ギターを担当しますが、バンド練習の期間はあったんですか。
富田 オーディションが終わって、メンバーが決まった時点で、バンドメンバーを演じる4人で何度かスタジオに入りました。ナミちゃん(イワナミユウキ)は今もバンドをやっているので、先頭に立ってくれましたし、GEZANの石原ロスカルさんがドラムを教えてくれて。指導していただきながら、がむしゃらに練習しました。
――富田さん自身、ギターの経験はあったんですか。
富田 プライベートで練習していた時期はありましたけど、それほど弾ける訳ではありません。でも不思議だったんですが、ギターをアンプに繋いでかき鳴らしたら、上手く弦を押さえられなくても楽しいんですよ。後で映像を観たら、どんどんリズムも狂っていくんですが、あのときに生まれた音楽には間違いなくて、心が打たれるシーンでした。
――お芝居でアドリブの要素はありましたか。
富田 僕が関わっているシーンはそこまでなかったんですが、ヒー兄が衝動的な行動に走るシーンは、(森山)未來さんのアドリブだったと思います。スタートがかかってから、フィルムが止まるまで40分ぐらいあったんですが、その間、僕たちは近くで待機していて、何が行われているのか分からなかったんです。完成した作品を観て、未來さんはこんな凄まじい表現をしていたんだと衝撃を受けました。
――どこか懐かしさを感じさせるロケーションも素晴らしかったです。
富田 明石は空気が美味しかったですね。明石の海と、神戸の混沌とした街並みという落差が妙にリアルで、ロケーションに助けられたという思いもあります。明石の海は脚本の時点からあったんですが、当初は予算やスケジュールの関係もあってロケが難しいという判断だったそうなんです。でも未來さんが脚本を読んで、明石の海が頭の中に浮かんだから実現したそうです。僕は撮影で悩むことが多かったので、夜ホテルで眠れないときに、近くの公園を徘徊しました。綺麗な星空を見て、緑の匂いを感じると、すごく救われて。また気持ちを新たにして、次の日の撮影を頑張ることができました。
――現場の雰囲気はいかがでしたか。
富田 バンドメンバーに関しては一蓮托生で、切実に一つのものを作り上げている空気感があって楽しい現場でした。『i ai』の物語は子どもが大人たちに絡む微妙な境界線も描いていて、バンドメンバーはヤクザの世界に一歩踏み込むと危険だと察知して一歩引く。でもコウは唯一、その境界線を跨げる人間だったので、他のバンドメンバーには感じられなかった想いを胸に秘めている。そんな登場人物たちの関係性がいびつに絡み合っているのは、マヒトさんの采配で。物語のねじれが、ひりつきや吸引力みたいなものを生んでいるなと思いました。美しいロケーションでありながら、登場人物たちの姿が切実に映るのは、撮影を担当した佐内正史さんの力も大きかったです。『i ai』という映画を残すために、いろんな奇跡が重なりました。
――佐内さんのカメラはどういうものだったのでしょうか。
富田 ものを見る目が真っ直ぐで。ここでこういう画角だったら、こういう効果を得られるみたいなセオリーではなく、佐内さんが感じるままのカメラワークというか、動物的な嗅覚を感じました。それがマヒト監督と共鳴し合って、独自の感覚が生まれたんだと思います。僕自身、カメラを向けられることに慣れてしまっている自分がいて、枠内に収まった範囲でお芝居をしようという甘えがどこかにあったのかなと。そんなときに佐内さんから、「今のお前には写欲が湧かない」と言われて、平手打ちをされたような感覚になりました。未來さんや(永山)瑛太さんのお芝居を見ていると、“写欲が湧く”という感覚が理解できるんです。僕とは何が違うのか考えたら、その瞬間を切実に生きているんですよね。それに呼応するように佐内さんのカメラも動いて、マヒト監督はその嗅覚を信じる。その関係性が純粋で真っ直ぐなんです。
――マヒト監督の演出はいかがでしたか。
富田 詩的な部分や、人それぞれ解釈が分かれるような表現が多かったので、その誤差をなくすように、話し合いをしてくれました。僕がマヒト監督の思い描く感情のよどみに辿り着けないこともあって、そういうときでも妥協せずにテイクを重ねて、想いを丁寧に教えてくれました。そんなマヒト監督の切実な想いに、周りも引っ張られましたね。一般的な監督と役者の寄り添い方とは違った気がします。俳優のことをリスペクトしてくれた上で、だからこそ、揺るがせてはいけないところを大切にされているというか。そういう熱さをずっと感じていたので、僕も弱音ばかり吐いていちゃ駄目だ、一生懸命ついていこうと思いました。