宝塚を退団してからミュージカルをやる選択肢は自分の中になかった

――ミュージカル『天翔ける風に』は、どういう経緯で出演することになったのでしょうか。

珠城りょう(以下、珠城) 宝塚時代からお世話になっている演出の謝珠栄さんから、「もう一度あなたと一緒に仕事がしたい。この役はあなたにぴったりだと思うからやらない?」とお話をいただきました。宝塚退団後も声をかけていただけたのがうれしかったですし、『天翔ける風に』という長く愛されている作品の主演だったので、謝さんの気持ちに全力でお応えしたいなと思いました。

――珠城さんにとって宝塚退団後、初のミュージカルになります。

珠城 実は退団してからミュージカルをやる選択肢は自分の中になかったんです。だから、このお話をいただいたときも迷ったんです。ただ退団後もボイストレーニングは続けていましたし、やれるだけのことはやって、挑戦してみようということで、お引き受けすることにしました。

――どうしてミュージカルをやらないと決めていたんですか。

珠城 ミュージカル俳優と言われる方々がいらっしゃるので、ミュージカルは歌唱力に特化した方がやるべきものだと思っていましたが、そこに自分が当てはまると思っていなかったので、宝塚の外ではミュージカルをやらないと決めていました。今回は謝さん・スタッフさんが自分に寄せてくださる思いを感じて引き受けさせていただき、挑戦してみようと思いました。

――初めて『天翔ける風に』の台本を読んだときの印象はいかがでしたか。

珠城 原作の『罪と罰』は、主人公が罪を犯すまでにたくさんの葛藤があるんですけど、『天翔ける風に』は導入部で、いきなり行動を起こしてしまいます。罪に苛まれていく時間がないので、自分が演じるときにどうすればいいのか、すごく難しいなと感じました。演じる三条英は人間味があって、家族に対する愛情は深い。その一方で自分は非凡人であると信じている。そういう特殊な思考と、身の周りにいる大切な人たちに対して平等に愛情を注いでいく優しさの二面性を、どういう風に表現するのかを考えました。

――英に共感する部分はありましたか。

珠城 私は自分自身が選ばれた人間と思ったことが一度もないので、その部分は理解できませんでした。そこは原作小説を読み解いて、主人公がそういう思考に至ったのはなぜなのか、時代背景なども擦り合わせをして考えました。ただ、家族とか、周りにいる人たちへの愛情や思いという部分は共感できるところなので、そこをベースに持っていきました。英は男社会を一人で生きて行かなきゃいけない。そこも私は経験がないですし、逆に女の園で育ってきたので分からない部分なんですけど、性別が一緒だからこそ分かり合えるところもあって。今よりも、ずっと女性蔑視が強かった時代背景をイメージしたときに、女性として感じるところもあったので、そういうところを役にも反映できるのかなと思いました。

――『罪と罰』は長大な小説なので、読むのも大変だったでしょうね。

珠城 長かったですね(笑)。ロシア文学って、これを言いたいがために膨大な前置きがあって、そこに到達するまでは大変だったんですけど、そういう読書体験を経ることで、主人公への理解が深まるんです。

――いつも原作がある作品に出演するときは、そちらも読むんですか?

珠城 読みます。舞台の上演時間で描かれる部分は限られていて、もちろん、その中で人の本質が見え隠れするんですけど、全てを描くことはできません。なので原作を全て読んだほうが、演技にも奥行きが出るんです。たとえば宝塚時代にスタンダールの『赤と黒』でジュリアン・ソレルを演じたことがあって。彼は立身出世のために女性を手玉に取っていたと思われがちなんですけど、小説を読むと、愛に飢えていただけなんですよね。小さい頃から身内に愛情を注いでもらえなかったので、ただただ人から愛されたかったというのが根底にあって。それを理解しているかどうかで、演技も全く違ったものになるんです。その甲斐あって、ご覧いただいた方から、「新しい『赤と黒』の解釈だった」と言っていただいたんですが、できるだけ原典に当たってアプローチしていくようにしています。

――『罪と罰』は現代にも通じる普遍的なテーマが内包されています。

珠城 人が生きていく上での道徳や倫理感は、いつの時代も変わらないですし、踏み越えてはいけない一線があります。その一線を超えてしまった人間の孤独や悲しみを、お客様も疑似体験できるように英を演じたいです。