稽古前から毎日手に取るぐらい面白い脚本だった『ダブリンの鐘つきカビ人間』

――『ダブリンの鐘つきカビ人間』は過去に何度も上演された人気の舞台で、今回は初のミュージカル化となります。初めて脚本を読んだときはどんな印象を受けましたか。

伊原 シンプルに「面白い!」と思いました。個人的に好きなタイプの脚本というのもあったのですが、稽古が始まる前から、これまでで一番というぐらい読み込んで。過去の脚本もいただいたのですが、今回のミュージカル版とは違うところも多かったので読み比べて。まだまだ稽古は先なのに、毎日手に取るぐらい、早く口にしたいセリフがたくさんありましたし、この作品に参加できるのは光栄なことだとワクワクしました。

――どういったところに魅了されましたか。

伊原 前半はコメディ要素が多いんですが、後半になると面白かったところがグッと怖くなる。そのギャップにやられました。過去に上演された舞台のDVD も全て観させていただいたのですが、その脚本を上手くお芝居に落とし込んでいて魅力を感じました。

――伊原さんが演じるおさえは、奇病のせいで思っていることの反対の言葉しか話せなくなった娘です。

伊原 過去におさえを演じられた俳優さんは、セリフの言い方や、言い淀んでいる感じなどが、それぞれ違っていて。病に苦しんでいるタイプのおさえちゃんもいれば、怖いものなしでパンッと走っていくおさえちゃんもいて、発する言葉が怖くてちょっとおどおどしているおさえちゃんもいる。三者三様だったので、自分なりのおさえを演じることにやりがいを感じましたし、同時にとても難しそうだなと思いました。

――今回の脚本を読んで、おさえというキャラクターの印象はいかがでしたか。

伊原 最初は、反対の言葉でしか伝えられないことに対する臆病さみたいなものがあって、病に苦しみ、おどおどしていて、あまり快活ではないのかなという印象でした。でも、みんなで本読みをしたときに、演出のウォーリー木下さんとお話する中で、意外とそうでもないのかなと。絶対に反対のことを言っちゃうと自分では分かっているのに、それでも話す動機って何だろうかと考え始めると、意外と思ったことをズバズバ言っちゃうタイプじゃないかと。普通はここで切り出せないよね、みたいなシーンがたくさんあるんですよね。本読みのときに、脚本を書いた後藤ひろひとさんもいらっしゃったんですが、「台本はルールブックみたいなものなので、このルールを守ってさえくれれば、それだけで面白くなる。逆に言えば、ルールブックだから、ルールを破ったら、さらに面白くなる可能性もあるので、皆さんで作り上げていってください」と仰っていて。良い意味で正解のない作品だなと思いました。

――新たにミュージカルとして上演されるということで、これまでの舞台とは違う見どころはどういうところに感じますか。

伊原 そもそもの作品自体が持つ世界観やキャラクターの雰囲気にファンタジー要素があって、ミュージカルにピッタリですし、音楽によって新たな表現方法も増えていると思います。ウォーリーさんやキャストの皆さんにお話を聞くと、初演も観ていたり、前から作品にご縁があったりと、『ダブリンの鐘つきカビ人間』に愛を持って参加されている方ばかりで。過去の舞台へのリスペクトを持ちつつ、さらにパワーアップできるところはどこだろうと手探りしながら稽古を重ねています。みんなで案を出しながら進めているので、どう変わっていくのか私自身も楽しみですし、そこが大きな見どころになるのかなと思います。

――ウォーリーさんの演出はいかがですか。

伊原 いろいろな方向性を指し示してくれるんですが、キャストから出てきたものを否定しない方なので、みんなが案を出せる環境を作ってくださるんです。演じる側の解釈の仕方によってキャラクターを作り出せる余地がたくさんあるので、ウォーリーさんとキャストで話し合いながら進めています。個々の意見を尊重しながらも、ウォーリーさんの中には確固たるビジョンがあるので、それに従って行けば間違いがないという安心感もあります。

――稽古前から何度も脚本を読んだと仰っていましたが、本読みで初めて気づくことなどはありましたか。

伊原 今回ミュージカルにするにあたって、過去の脚本にはなかった歌詞がたくさんあります。おさえはカビ人間と一緒に歌うことが多いんですが、同じ曲を歌っていても、全く真逆のことを歌っていて。たとえば「うれしい」という歌詞があったら、カビ人間は「うれしい」だけど、おさえは「悲しい」という気持ちで歌っているんですよね。同じ気持ちを同じ言葉で歌うのが普通ですけど、違う感情を同じ言葉でデュエットできるのが面白くて。やっぱり悲しい気持ちとうれしい気持ちの声色って違いますからね。そういう新しい発見が本読みのときにありました。あと後藤さんから、「おさえちゃんは役に入れば入るほど心を病む可能性のある危険な役です。だから適度な距離感で稽古してください」と言われたことが印象に残っていて。しっかりおさえちゃんの気持ちを作っていくのはもちろんなんですが、あまり入り込んでメンタルがやられないように気を付けなきゃいけないなと思いました。