人生の晩年に充実した仕事ができたのは本当に幸運

――森山さんとは初共演ですが、どんな印象を受けましたか。

藤 お互いに役として撮影現場にいたので、森山さんとは一度も世間話をしませんでした。陽二と卓は否が応でも作品を左右する重要なカップリングですから、その距離感は正解でした。微妙な距離感と屈折感に引きずられて、巻き込まれて、でも逃げることはできないというような状況を、絶妙なニュアンスで演じておられたので大変素晴らしかったですし、僕自身も演じながら、これは上手くいくなと思いました。

――陽二は認知症を患っていますが、事前にリサーチなどはしたんですか。

藤 認知症をどう演じたらいいのかという勉強は一切しませんでした。というのも、『サクラサク』(2014)という映画でも認知症の役を経験していまして、そのときにしっかりと調査したので、どう演じるかは掴んでいました。その経験がなかったら、一から調べる必要はあったでしょうね。

――私も認知症を発症した身内がいるのですが、発症していく過程が自然で生々しかったです。

藤 一度演じたこともあってか、体が勝手に動いてくれるんですよね。こうしようとは一切考えずに、陽二さんに任せているような感覚でした、

――原さんとは『ションベン・ライダー』(1983)以来の共演です。

藤 原さんは人懐っこいというか、あたりが優しくて柔らかいんです。『ションベン・ライダー』のときからそういう印象でした。今回は一緒に出るシーンも多くて、同じセットの中だったので、食べ物の話とか、他愛もない話をたくさんしました。『ションベン・ライダー』のとき、僕が家まで送ったことがあるというお話をされていて、僕はうろ覚えではあったんですが、「きっと気が合ったんじゃないか」と答えました。

――完成した作品を観た感想はいかがでしたか。

藤 最初にお話しした通り、脚本を読んだ時点ではどんな映画になるのか想像もできなかった。観客のどこに訴えるのかも見えなかったんです。ところが世界各国で高い評価を受けて、私自身も心がグラグラと動揺しました。ただ、なぜ動揺したのかは上手く説明できない。海外の観客も私と同じことを感じたんじゃないかと思うんですよね。魂が震えるような映画だけど、具体的な言葉では説明できない、そういう作品だと思います。

――言葉では説明できないけど、どこの国でも共感できる部分はあると。

藤 いわゆる大作ハリウッド映画のような、どの国の人でも理解できる映画ではないんですよね。そういう分かりやすさとは明確に違います。近浦監督が「『大いなる不在』はエンターテイメント映画だ」と仰っていたんですが、私は「そうかな……」と思いました(笑)。

――「第 71 回サン・セバスティアン国際映画祭」では、本作で日本人初となる最優秀俳優賞を受賞しました。

藤 人生の晩年に充実した仕事ができたのは本当に幸運だと思います。