後にも先にも相米慎二さんと同じ撮り方をする監督はいません

――最後に、先ほどお話に出た『ションベン・ライダー』のエピソードをお聞かせください。過酷な現場だったそうですね。

藤 そうなんです。40年以上前の作品なのに、こうして当時の現場のことを皆さん知ってらっしゃるのは不思議な感覚ですね。私は『ションベン・ライダー』以前も以降も、たくさんの映画に出演しましたが、相米(慎二)さんと同じ撮り方をする監督はいませんね。相米組が特殊なのは、ほとんどフィックスで撮らないことなんです。つまり三脚を立ててカメラを回すよりも、手持ちでカメラを持って撮影するのが常なんです。当時はフィルムマガジンで、1ロールを全て使い切るまで回し続けるんです。移動撮影にしても、ここからここまで20メーターぐらいのレールを敷いたから、その間を移動して、次のカットじゃなくて、カメラをバトンタッチしながら、何百メーターも先に行っちゃうんです。

――それが相米監督ならではの長回しを生み出していたんですね。

藤 たとえば、ある森の小道を少年少女たちがどんどん走って、河口の貯水場に辿り着くまでを、バトンタッチしながらワンシーンワンカットで撮影する。家の中に水がワーッと入ってというシーンも家が崩れるまでワンシーンワンカットで撮り続ける。私が演じたヤクザの厳兵で言うと、宴会のシーンがあって、主人公の子どもたち3人と日本間の大きなところで食事をしている。そこに敵対するヤクザが30~40人ぐらい入ってきて、厳兵一人で全員と斬り合いをやって、ハーハー言いながら敷地の外に出る。その一連をワンシーンワンカットで撮影したんですが、宵の口から始まって、終わったのが朝の4時ぐらいだから、白々と夜が明けていました。私はクタクタになって死ぬかと思ったけど、そのシーンは全カットですよ(笑)。

――相米監督はリハーサルを綿密にやるんですか。

藤 カットされたシーンは殺陣があったから、ちゃんと段取りを決めないとケガをするのでリハーサルはあったんですが、僕が出たシーンに関して言うと、それほどなかった印象です。厳兵が薬物を打っておかしくなっている状態のところに、子どもたち3人が飛びかかってくるシーンがありまして、そこも大まかなリハーサルをしただけ。そのときに相米さんは、子どもたちに「何があっても、あのおじさんに飛びついて行け」と指示をしていて、私には「3人が近づいてきたら、その日本刀で突き刺してくれ」と言うんです(笑)。「さすがに突き刺せません」と言ったら、「蹴るなり殴るなりしてください」と。ところが子どもたちは、その前に30分以上かけて相米さんと秘密会談をやっているんです。何を話していたのかは分からないけど、本番が始まると、目の色を変えて本気で突っ込んでくるんですよ。それに対して私は刀を使うのは危ないから、蹴るしかできない。そうしないと撮影も終わらないですから。もちろん今の時代だとできないことですが、子どもたちも含めて俳優は相米さんに引っ張られて、不思議な監督でしたね。

――昨年、子どもたち3人の中のジョジョを演じた永瀬正敏さんにインタビューさせていただいたとき、『ションベン・ライダー』についてお聞きしたら、「今役者を続けていられるのは相米さんのおかげです」「クランクアップの時に『ここから離れたくない』って思った」と仰っていました。

藤 あのときの相米組で何かを掴んだんでしょうね。永瀬さんとは『光』(2017)という映画で、『ションベン・ライダー』以来の共演をしたんです。監督の河瀨直美さんは、俳優同士がぺちゃくちゃお喋りすることを嫌うんですが、そのときは「二人で雑談をしていらっしゃいよ」と二人の時間を作ってくれて、何十年ぶりかにお話ししました。今回、『大いなる不在』で共演した原さんもそうですが、何十年経ってもご縁があるのはうれしいことですね。

Information

『大いなる不在』
テアトル新宿、TOHOシネマズ シャンテほか絶賛公開中!

森山未來
真木よう子 原日出子 / 藤竜也
三浦誠己 神野三鈴 利重剛 塚原大助  市原佐都子|Q(特別出演)

監督・脚本・編集:近浦啓
エンディングテーマ:佐野元春 & THE COYOTE BAND「今、何処」(DaisyMusic)

幼い頃に卓(森山未來)と母を捨てた父の陽二(藤竜也)が、警察に逮捕された。久しぶりに再会した父は認知症を患い、まるで別人のようで、父の再婚相手の直美(原日出子)は行方不明になっていた。卓が妻の夕希(真木よう子)と共に父の家を訪れると、荒れ果てた室内に昨日までの生活の痕跡と、大量のメモが残されていた。それらを頼りに大学教授だった父の人生を辿り始めた卓の前に現れたのは、想像もしなかった父の姿だった──。

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藤竜也

1941年8月27日生まれ。父の赴任先の中国北京生まれ。神奈川県横浜市で育ち、日本大学芸術学部在学中にスカウトされ日活に入社。『望郷の海』(62)でスクリーンデビューを果たす。その後、渡哲也主演の『嵐を呼ぶ男』(66/舛田利雄監督)で弟役を演じて存在感を示し、「日活ニューアクション」の中でも異彩を放つ「野良猫ロック」シリーズ(70~71/長谷部安春監督・藤田敏八監督)ではメインキャストとして活躍した。大島渚監督『愛のコリーダ』(76)、『愛の亡霊』(78)では海外でもセンセーショナルな話題と共に高い評価を得た。近年は『龍三と七人に子分たち』(15/北野武監督)、『初恋 お父さん、チビがいなくなりました』(19/小林聖太郎監督) 、『それいけ!ゲートボールさくら組』(23/野田孝則監督)、『高野豆腐店の春』(23/三原光尋監督)などの映画に出演している。

PHOTOGRAPHER:TOMO TAMRA,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI