モデルのお仕事も服飾の裏方の一つだと感じた

――キャリアについてお伺いします。昔からファッションが好きだったそうですが、モデルにも憧れはあったのでしょうか。

イシヅカ 服飾関係のお仕事に就きたい気持ちはありましたが、特にモデルがやりたいというのはなかったです。実際にモデルを始めたときに、モデルのお仕事も服飾の裏方の一つだなと感じました。

――モデルを始めたきっかけは?

イシヅカ 高校卒業後に服飾科のあるデザイン学校に通っていたんですが、家庭の事情があって1年で辞めなきゃいけなくなったんです。それでバイトをしていたときに、美容室の方に「ヘアショーのモデルをやりませんか?」と声をかけていただいたんです。その流れからモデルを始めました。

――どういうタイミングで上京したのでしょうか。

イシヅカ モデル活動を始めた時期から、いずれは東京に行かないとお仕事もないかなと思っていましたが、そこまで案件も多くなかったので、最初は地元からの通いでした。徐々にお仕事が増えてきて、通うのも大変ということで上京しました。

――もともと表現することは好きだったんですか?

イシヅカ ずっと好きでした。幼稚園に入る前から絵画教室に通っていて、絵を描くのが好きでしたし、今は音楽を作るのも好きで。自分で1から何かを作るのが好きで、音楽制作もパソコン1台でできるからやってみようみたいな軽い気持ちで始めました。

――楽器経験はありますか?

イシヅカ 小学生のときはブラスバンド部でバスドラム。中学生になって吹奏楽部に入ってホルンを担当したんですが、一人部員が抜けた関係でトロンボーンに配属されました。ただ中学の途中で不登校になってしまったので、途中で部活にも行けなくなったんですが、そのときに母の知り合いのツテで声楽を習い始めて、歌うようになって。音楽全般が好きですね。

――夏にリサイタルを開催されていましたよね。ちなみに音楽の目覚めは覚えていますか。

イシヅカ 物心ついたときにNHKで「音楽ファンタジー・ゆめ」という番組があって。CG黎明期のCGを使って、シンセアレンジでクラッシックの曲を紹介するという奇抜な内容だったんです。それにドハマりして、音楽はクラシックから入りました。その次にハマったのはTRFでした。

――数年前に全編台湾ロケを敢行した自身の写真集『鳳』を出していますが、どういう経緯で制作したのでしょうか。

イシヅカ あの写真集に関してはたまたまで。私の友達に同人誌を作っている人がいて、みんなで台湾に行くときに、あまりにも私にお金がなくて(笑)。そのグループに写真家もいたので、だったら私はお仕事として台湾に行く形で、写真集を作ろうということになったんです。