ダンスだけは「一度も嫌いにならなかった」4歳で飛び込んだエンターテインメント界での歩み

――2022年5月にハロプロを卒業されて、現在はソロアーティストとして活躍。ルーツには、4歳から続ける歌やダンスの経験があったそうですね。

稲場 親の話では、2歳の頃に宇多田ヒカルさんの「Automatic」に合わせて踊っていたようで、この子はきっと「ダンスが好きなんだろう」と思った母が、4歳で歌とダンスを教えてくれるスクールに通わせてくれたんです。当時は幼かったので歌詞の意味が分からず、覚えられないのでしょっちゅう怒られていました。そのせいか歌への苦手意識があったんですけど、ダンスは一度も嫌いにならなかったんです。習いごと感覚でなくなったのは小学5年生で、地元の北海道にあったダンススクール「EXPG STUDIO」への入学後でした。EXILEさんのバックダンサーも経験して、表現の楽しさをおぼえました。

――その後、中学1年生でハロプロが大好きになり、2013年5月に高校1年生でハロプロ研修生へ加入したと。

稲場 表現で誰かを楽しませたい、喜ばせたいという思いからアイドルに行き着いて、なかでも、大きな存在がハロプロでした。4人時代のスマイレージ(現・アンジュルム)さんをきっかけにハマって、他のグループも見るようになり、一度、モーニング娘。さんの9期メンバーオーディションも受けたんです。でも、落ちてしまって、地元のローカルアイドルを経験してから、再び挑戦したいと思い、ハロプロ研修生のオーディションを受けました。

――パフォーマンスの経験があったとはいえ、新たな世界へ飛び込んでの苦労もあったのかと思います。

稲場 ガツガツ踊るヒップホップが中心で、ニュー・ジャック、ジャズ…と、歌うことを考えずに激しく動いて目立つダンスを評価される世界から、歌がメインに評価される世界へ来たので、大変でした。ハロプロ研修生になってからは、激しく動くと手元がブレてマイクに音が入らなくなってしまうのに苦戦したり、腹筋がつき過ぎると腹式呼吸のさまたげになるので、体を作り直したり。音程やリズムは決まっているので歌には正解があり、見る人によって好き好きが分かれるのでダンスには正解がないイメージですけど、好きだったダンスすらも「歌えないと否定されてしまうんだ」と、挫折しそうになった時期もあるんです。でも、どうすれば上手くなれるかを研究して、ここまで来ました。

――努力を重ねたハロプロではカントリー・ガールズとJuice=Juiceで2度、グループのメンバーとしてのデビューを経験しました。

稲場 どちらも私にとってなくてはならない経験でしたし、それぞれで得たものは違いました。よく言われる“あざとさ”は、カントリー・ガールズがなかったらキャラクターになっていなかったはずです。元々、実家で一緒だったおばあちゃんやお母さんから受け継いだ“あざとさ”は持ちつつ、犬を「ワンちゃん」と言ったり、言葉づかいをメンバーにイジられて「私って、あざといのかな?」と思って。「がんばりまなかん」をどこでも使ってみたりして、“あざとさ”に磨きをかけたんです。その後、Juice=Juiceでは先輩にあたるお姉さん方にセクシーな表現を学んで、すべて、今の自分につながっています。