登場人物たちの心理状態の荒廃を視覚的に表現しようと試みた

――ルンメイさんをキャスティングした理由も教えてください。

真利子 『薄氷の殺人』(14)という映画を見たときに、アジアの女優さんだなと衝撃を受けたのですが、思い返したらルンメイさんのデビュー作『藍色夏恋』(02)も見ていて、あの女優さんだったということを再認識しました。そして今回、ジェーン役を探しているときに、リュック・ベッソンが製作・脚本を担当している映画『ドライブ・クレイジー:タイペイ・ミッション』(24)で、ルンメイさんが英語でお芝居をしていると聞いたんです。最初はオンラインでお話をしたら、とても一生懸命な方で。その時点で脚本を読み込んで、作品に深く入り込んでいて、「ぜひご一緒したい」と仰っていただきました。後から聞いた話ですが、ルンメイさんはオーディションだと思っていたそうなんですが、それくらい最初から真剣に取り組んでくださっていました。彼女の多大な努力の結果ですが、現場でも英語は問題ありませんでしたし、脚本に対しても真摯に向き合ってくださって、何よりも楽しんでいらっしゃるのが伝わってきました。アメリカで撮影すること、自分や日本のスタッフと一緒にやること、西島さんとご一緒することなど、全てに感謝してくださっていて。「こんな経験をさせていただけるなんて、二度とないくらい貴重なことだ」と人形劇にも打ち込んでくれて、繊細なシーンから情熱溢れるところまで幅のある演技をしてくださいました。

――現場でのコミュニケーションはすべて英語だったんですか?

真利子 自分が西島さんと話すときは日本語で、あとは基本的に英語でのやり取りでしたが、全体的なコミュニケーションは円滑でした。日本から通訳を連れて行かずに、現地で探したんですが、人づてでフロリダに住んでいる細谷直道さんという方を紹介していただいたんです。普段はテレビの仕事をされているのですが、「ずっと映画をやりたかったので、初めて映画に携われてうれしい」と仰っていただきました。20年アメリカに住んでいらっしゃるんですが、今回は監督助手として入っていただいて、通訳に限らず幅広くサポートもしてもらって、かなり助けられました。

――日本映画にはない画面の質感も印象的でした。

真利子 グレーディング(画像調整)を担当したのは日本に住んでいるヨブさんというフランス人のスタッフだったのですが、編集を担当したマチュー・ラクローさんも台湾在住のフランス人で。マチューさんが撮影前に「この映画はアメリカ映画なのか、アジア映画なのか」と聞いてきたので、「どちらでもある」と伝えたんです。そこから始まって、ヨブさんが映画に適したグレーディングをしてくれました。

――ニューヨークが舞台ですが、アメリカ映画との質感とも違うなと感じました。

真利子 そうなんですよね。アメリカの風景でありながら、どこかアジア的な視点でも見られる。日本人として、アジア人としてアメリカを撮るということで、佐々木さんと一緒に自分たちのやり方を追求したんです。細かいレベルでいうと、現地のスタッフにも分かりやすいように、ルック自体はト書きで自分のイメージを書き込んでいたんです。それに合わせて佐々木さんもルックを作っていったんですが、さらにグレーディングの段階で、徐々に粒子を粗くしているんです。これは家族がどんどん混乱していく様子を表現するためです。フィルムっぽい質感を出すことで、登場人物たちの心理状態の荒廃を視覚的に表現しようと試みました。

――今回のチャレンジングな映画制作を振り返ってみていかがですか?

真利子 誰もやったことのないことでしんどい部分もありましたが、結果的に楽しかったです。最初はどうなるか分からず不安でしたが、思いがあれば案外できないことはないという発見がありましたし、新しい人たちと新しいことをやったという充実感があります。自分は映画を続けていく上で、常に変化していきたい、発見していきたいという思いがあります。『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』は「無視できない映画」という自負があり、この年齢で言うのもなんですが、自信につながりました。

――日本映画でありながら無国籍な作品でもあると思います。

真利子 最近でも是枝(裕和)さんや黒沢(清)さんがフランスや韓国などに招かれて映画を撮っています。ただ、自分から企画を立てて、国境構わず仲間を集めながら英語主体の脚本をアメリカで撮影してきたインディペンデント映画というのは、今までなかったかもしれませんね。無謀ともいえる挑戦でしたが、どうしても描きたい映画だったので挑戦させてもらいました。尻込む前にやってみるという姿勢を、多くの人に楽しんでもらえたらいいなと思います。今回の経験で新しい人とのつながりもできて、映画が完成できたことは自信になりました。今後も同じことはできませんが(笑)、積極的にチャレンジを続けていきたいですね。

Information

『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』
絶賛公開中!

出演:⻄島秀俊 グイ・ルンメイ
監督・脚本:真利⼦哲也
配給:東映
©Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.

ニューヨークで暮らす⽇本⼈の賢治(⻄島秀俊)と、アジア系アメリカ⼈の妻ジェーン(グイ・ルンメイ)は、仕事や育児、介護と⽇常に追われ、余裕のない⽇々を過ごしていた。ある⽇、幼い息⼦が誘拐され、殺⼈事件へと発展する。悲劇に翻弄される中で、⼝に出さずにいたお互いの本⾳や秘密が露呈し、夫婦間の溝が深まっていく。ふたりが⽬指していたはずの“幸せな家族”は再⽣できるのか?

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真利⼦哲也

1981年7月12日生まれ。東京都出身。その独自の創造性で、現代の日本映画界において最も注目を集める映画作家の一人。長編デビュー作『イエローキッド』(09)は、バンクーバー国際映画祭ドラゴン&タイガー賞を受賞したほか、香港、ロッテルダム、サン・セバスチャンなどの映画祭にて招待上映された。長編第2作『ディストラクション・ベイビーズ』(16)も、ロカルノ国際映画祭で最優秀新進監督賞、ナント三大陸映画祭で銀の気球賞を受賞するなど、国際的に高く評価される。日本ではキネマ旬報ベスト・テンで3冠、ヨコハマ映画祭で6冠に輝いた。第3作『宮本から君へ』(19)は、アジア映画批評家協会NETPAC AWARD 2020(香港・中国)最優秀脚本賞にノミネートされ、日本では日刊スポーツ映画大賞やブルーリボン賞などで最優秀監督賞を受賞。2019年3月から1年間、ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員としてボストンに滞在。シカゴ国際映画祭の審査員として招かれた際に、本作の構想をはじめる。

INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI