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    こんにちは。GANG PARADE/KiSS KiSSのキャ・ノンです。わたしは基本的にこの連載を書くときはパソコンでカタカタと打ち込んでいるのですが、今回は電車で、携帯で書いてみました。というか、突然書きたくなりました。物事を考えながら文章を入力するとき、パソコンの方が性に合ってると決めつけていたんですけど、そんなこともない気がしてきて、というかそうじゃない方が幅も広がるなと思い挑戦です。2026年の目標は、自分へのルールを決めすぎないことにしようかなと思ってます。
    ということで、ぷかぷかと浮かんだ妄想を小説にしたものです。よかったら読んでください。

    『箱』

    湘南新宿ライン。ボックスシートの窓際には、水色のインナーカラーを入れたギャルと、青いマフラーを巻いた同世代くらいの女性が座っていた。そして目の前には髪にパーマを当て、カメラがひとつしかついていないiPhoneを見ては常に困ったような顔をした男性が座ってきた。グレーのパーカーに黒のダウンベスト、黒いリュックを前に抱えている。ふと、自分もまったく同じ色合いということに気付いた。

    横浜駅に着くと、ギャルとお姉さんは降りていったので、わたしは窓際に詰めることにした。するとその男の前に、緑のキャップにブラウンのアウターを合わせて、ガチャガチャした色のリュックをこれまた前に抱えている女性が、隣のボックスシートから移動してきた。男女は向かい合い、わたしの目の前は誰もいない。少しばかり足を伸ばせてうれしい。しかし、このカップルからしたらわたしはとても邪魔だろう。本来、2人で窓際に座りたいはずだ、それか隣同士がいいに決まっている。しかも不幸なことにわたしは平塚まで乗るのだ。

    ふと足元をみると、わたし含め3人とも別の型のニューバランスを履いていることに気がついた。そんなところに目が行ってしまうほど、わたしたちはかれこれずっと3人でボックスシートに詰め込まれている。「あのわたし、平塚まで乗りますよ」と最初に言えていればよかったのか。しれりと移動して、降りるふりでもすればよかったか。でもわたしだっていち早く座りたかったし、車窓から外を眺めたかったのだ。

    男女は一言も言葉を交わさなかった。最初に目配せして以降、2人ともずーっと携帯を眺めている。相変わらず男のiPhoneには小さなカメラがひとつしかついていなかった。それiPhoneいくつなんだ。イヤホンをして音楽を聴いているふりをしながら、彼らが会話するのを待っている自分がいた。

    足を組んでいる男の足首からは靴下が見えた。ボックスシートで足を組むなよ、と思いながらも彼女とうまいこと足の置き場を分け合ってこちらには一切被害がなかった。彼の靴下にはadidasのマークが描かれていた。あの、斜め線3本のタイプのやつだ。きっと自分だけの変なこだわりだが、わたしはひとつのファッションにふたつのわかりやすいブランドをケンカさせたくない。しかしこの男はニューバランスとアディダスを、しかも靴と靴下で、すぐ近くで戦わせていたのだ。見えないからいいやと思ったのだろうか、それとも1ミリも気にしない人なのだろうか、どっちでもいいが隣のボックスシートは空になった。

    目的地が近いのだろうか、彼らは一向に動く気配がなかった。なんならわたしの方が移動したいくらいだ。しかし、ここで立ち上がり隣に移動したら「わたしたちのとなり嫌だったのかな」と思わせてしまうことになるかもしれない。しかも、窓際の席から移るのはなかなかハードルが高い。2人の足は知恵の輪のように重なっていた。ここまでひとつのボックスシートで揺られてきた仲だ。謎の絆みたいなものはなにひとつ存在していないが。

    茅ヶ崎を過ぎたあたりで、ようやく男女はなにか話しはじめた。どうやら彼女が眠いと言い出している。まだ乗る気なのか?と焦りつつ、ここで寝られては次の平塚で降りるわたしにとって悪手でしかない。男は彼女の抱えていたリュックを網棚にいまさら置いた。「俺起きてるからいいよ」とかなんとかぼそぼそ喋っては、彼女は寝る体制に入ろうとした。それは困る。

    わたしは急に立ち上がった。車内アナウンスもなにも流れていないタイミングで、すっと立ち上がってみることにした。男女は一瞬「え?」みたいな顔でこっちを見たが、何事もなかったかのように道を開けてくれた。わたしはあまりにも降りる準備が早すぎる人みたいになった。まわりは空席だらけだが、座るのもなんか違う気がして10分弱ドアの前で揺られていた。嘘で付けていたイヤホンにブルーハーツをかける。窓から外を見ると初めて見る街が流れていた。男女は何か楽しそうに話している。もっと早く車両を変えておけばよかった。

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    キャ・ノン

    「みんなの遊び場」をコンセプトに活動する11人組アイドルグループGANG PARADEのメンバー。また、「KiSSをあなたにお届けchu!♡」をキャッチコピーに活動するWACK初の王道5人組アイドルグループ『KiSS KiSS』のメンバーの一人でもある。ライブ好きで、苦手なことや、できないことは出来るようになればいいというタフでロックな精神の持ち主。2024年5月31日より自分自身のライブレポートなどを綴った『アイドルリアル備忘録』をSTREAMにて連載中。