一色洋平という役者の新しい一面に触れてもらいたい
――ここからは大学時代のお話をお聞きします。法政大学に通いながら、早稲田大学演劇研究会に所属していたそうですね。
一色 父(一色伸幸)に俳優をやりたいと言った時に、開口一番、「舞台からやりなさい」と言われたんです。そこで勧められたのが早稲田大学演劇研究会で、老舗で有名ですし、OBやOGの方を見たら、錚々たるメンバーだったので、ここで手堅く勉強してみようと思って入りました。

――実際に舞台から始めて良かったですか。
一色 いいことだらけでした。「役者になりたいなら、まずは演劇のことを知りなさい」というのは理に適っていたんです。早稲田大学演劇研究会は役者志望でも、すぐに役者をやるんじゃなくて、まずはスタッフをやらせるという方針なんですよね。なぜそこにスピーカーや照明を置くのか、どうやって舞台美術を立てるのか、どういう流れでお客さんにチケットが渡るかなど、俯瞰して演劇のことを知りなさいという場でした。とはいえすべてをやると手が回らなくなるので、僕は音響をやらせてもらいました。
――スタッフをやることで、お芝居にどんな影響があるのでしょうか。
一色 たとえばケーブルをこうやって束ねなきゃいけないのは、そのままだと役者が危ないからだとか、こういう風にスピーカーを吊ってあるのは、お客様に聞こえてほしいスピーカーと役者に聞こえてほしいスピーカーがそれぞれあるからだとか、同じオレンジの照明でも、斜めから差すと夕日に見えるけど、真上から差すとUFOの光に見えるとか、総合芸術とはこういうことなんだと深く知ることができました。チケットに関しても、お客様からお金を取ることの重さも感じました。学生演劇だったので、無料で公演を打つこともあったんですが、たとえ500円のチケット代だとしても、有料だとお客様の目が全然違うんです。あの時の感覚は今でも覚えています。
――以前お話を聞いた時に、高校時代は学校の文化祭で披露する演劇で脚本を書かれていたとお聞きしました。脚本家のお父様と同じ職業に就きたいと思ったことはありますか。
一色 実はあまりなかったです。理由は二つあって、ちっちゃい頃から父の脚本の上手さを肌で感じていて、とても自分には書けないという気持ちがあったんです。父の作品は落語みたいな要素があって、ある時に食卓で「お父さんは落語を参考にしているの?」と聞いたら、即答で「ああ、そうだよ」と答えが返ってきて、父の作品の良さを言語化できたみたいでうれしかったんです。素人ながらも、それだけ父の脚本のすごさを理解していたんでしょうね。
もう一つは文化祭の経験が大きくて、主にコメディをやっていたんですが、直にお客様の笑い声を浴びるのが快感でした。教室が満杯になっても100人程度ではあったんですが、全員が笑うと、舞台上では花火みたいに聞こえるんですよね。その時に演者の楽しさを知ったのが大きかったです。
――大学時代に経験した舞台で、特に印象に残っているものを教えてください。
一色 高校時代、僕に一から演劇を教えてくれた畑田哲大くんという親友と大学2年生の時に作った二人芝居です。『真夜中のランナーズハイ』(11)というオリジナル作品で、脚本は畑田くんが書いてくれました。僕らは経験が浅かったので、先輩方からは「たった二人で、脚本を書いて、演出もやって、お客さんを呼ぶのはリスキーだ」と、愛のある反対を受けていたんです。でも最終的には「二人にやらせてみよう」と言ってくれて、一緒に舞台美術を作ってくれたり、お客様を呼んでくれたりと全員が協力してくれました。3日間の公演だったんですが、その期間は本当に忘れられないですね。
――舞台の反響はいかがでしたか。
一色 先輩方から「一色はこういう持ち味で、こういう役者なんだ」と言ってもらえて、すごく新鮮でした。一方で、ある先輩からは「一色は一人で頑張ろうとし過ぎているところがある」と指摘されて、良い意味で心にグサッときました。二人芝居なので、どちらかがリードしなきゃいけないし、一人しか舞台上にいない時もあったので、自然と頑張らなきゃいけないと熱くなるとはいえ、これは僕の本質を突いているなと感じたんです。実際、劇団の中でも、どこかで自分が一番になりたいという意識があって、それが舞台上でも表れていたんだと思います。その先輩の言葉は今でも思い出しますね。

――最後に改めて『キオスク』への意気込みや見どころをお聞かせください。
一色 この舞台を通して、自分の知らない自分にたどり着けたらいいなと思っています。これは僕と同じくらい、さち子さんも望んでいると思います。もしも僕のことを前から応援してくださっている方が観に来てくださるのであれば、一色洋平という役者の新しい一面に触れてもらえたらうれしいです。ぜひ会場のパルテノン多摩に足を運んでほしいという気持ちも強いです。この会場ならではの唯一無二の空気感が大好きで、この作品と合わせて楽しんでほしいですね。6日間という短い期間ですが、この作品を短期間で一緒に育ててほしいですし、観られたことを自慢に思ってもらえるような作品にしたいです。
Information
舞台『キオスク』
日時:2025 年12月5日(金)~10日(水)
場所:パルテノン多摩・大ホール
作:ローベルト・ゼーターラー
翻訳:酒寄進一
演出:石丸さち子
出演:一色洋平 石黒 賢
壮 一帆 陳内 将 内田健司 小石川桃子
一路真輝 山路和弘
1937年、ナチスドイツが台頭するオーストリアのウィーンに、自然に恵まれた湖畔で母(一路真輝)と二人暮らしだった17歳のフランツ(一色洋平)がやって来る。母の経済的後ろ盾の男性が落雷事故で急死し、働きに出されたのだった。フランツはキオスクの住み込み見習店員となり、母の知人である店主オットー・トゥルスニエク(石黒 賢)がさまざまな事を教え、自立の扉を開き、大人の世界へと導く。また、店の常連客である精神分析学者フロイト教授(山路和弘)との出会いは無垢なフランツにさまざまな影響をもたらし、教授は彼に人生を楽しみ、恋をするよう忠告する。ボヘミア出身で謎めいた女性アネシュカ(小石川桃子)に心を奪われるフランツ。アネシュカは葛藤を抱えながら、激動の時代を生き抜く強さをもフランツに示す。また、遠く湖畔に暮らす母親はフランツからの絵ハガキが心の支えとなる。フランツにとって予期せぬオットー・トゥルスニエクとの別れ、そこで知るオットーの気骨ある生き様と葛藤、人生の岐路や不条理。人生に関する名言が印象的な最晩年のジークムント・フロイト。二人に影響を受けながら、フランツは時代の激動にのみ込まれるオーストリアのウィーンで青春の炎を燃え上がらせながら、厳しい世情の中、思いがけない経験を重ねていく。
一色洋平
1991年8月6日生まれ。神奈川県出身。脚本家である父の影響を受け、幼少期から舞台演劇などに触れる。早稲田大学演劇研究会を経て、舞台を中心にテレビドラマ、映画など幅広く活躍。近年の主な出演作は、【テレビドラマ】『ペペロンチーノ』(21・NHK)、【映画】『長篠』(25)、『ゆとりですがなにか インターナショナル』(23)、【舞台】音楽劇『くるみ割り人形外伝』(25・23)、音楽劇『愛と正義』主演(25)、『朝日のような夕日をつれて2024』(24)、『鋼の錬金術師ーそれぞれの戦場ー』主演(24)、『斑鳩の王子-戯史 聖徳太子伝-』(24)、『スライス・オブ・サタデーナイト』(23)、『鋼の錬金術師』主演(23)、『飛龍伝2022~愛と青春の国会前~』主演(22)、音楽劇『クラウディア』(22)、『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』(22・21)、『ロミオとロザライン』(21)、舞台『刀剣乱舞』維伝 朧の志士たち(19)などがある。
PHOTOGRAPHER:TOMO TAMURA,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI
