LOSTAGEはちゃんと奈良の地にカルチャーが根付くように耕している

――『A DOCUMENTARY FILM OF LOSTAGE-ひかりのまち、わたしたちの-』制作の経緯から教えてください。

五味岳久(以下、五味) 今回の映画の配給なんかとは一切関係がなく、もともとつながりのあったMINORxU監督が「個人的にLOSTAGEのドキュメント映像を撮って作品にしたい」というのがきっかけでした。2011年のことだったんですが、ちょうど僕らは独立して自主レーベル「THROATRECORDS」を始めた時期で、その活動を追いかける形で撮影が始まったんです。

MINORxU 最初はLOSTAGEの1年間を追うつもりで撮影を始めたんですが、僕自身が忙しくなってしまったのと、お金的にも時間的にも素材をまとめる余裕がなくて、一回頓挫してしまったんです。その後も兄貴(五味)たちとの関係は続いていたんですが、たまたま今回の映画の企画プロデュースをしている方から、「LOSTAGEのドキュメンタリー映画をやりたい」という話を聞いたんです。その方はLOSTAGEのツアーやライブの制作なども手がけているプロデューサーで、LOSTAGEのライブに行った時に初めてお会いして。ドキュメンタリー映画の構想を聞いた時に、「ぜひやらせてほしい!」と直談判して、そこから企画を通して、配給会社や制作会社も付いて、正式に映画として作ることになりました。

五味 2023年1月1日になった瞬間から撮影がスタートしたんですが、その年にリリースした12thアルバム『PILGRIM』を手売りするために5月から47都道府県ツアーを始めて、それを追いかけるという企画に、2011年から撮っていた映像と合わせて、この15年を総括するような形に落ち着きました。別々のプロジェクトが十数年の時を経て一つになったんですよね。

――MINORxU監督とLOSTAGEはどのようにつながったんですか。

五味 共通の友人がいたんだよね。

MINORxU 僕が別のバンドのスタッフみたいな形でツアーに同行していて、奈良でライブがあった時に初めて会ったんです。その後、年が近いし、気も合うので、ちょくちょく会うようになって。その当時、まだ僕は映像の仕事をしていなかったんですが、何か作りたいという創作意欲はあったんです。いろいろなアーティストと触れ合う中で、LOSTAGEは面白い活動をしているなと思って。友達だったというのもあるんですけど、その活動を映像作品にしたいなと考えていたんです。それで2011年は、彼らが独立するタイミングでしたから、これは撮っておかなきゃいけないと思いました。

五味 当時、僕がTwitterのアイコンとして友達の似顔絵をいっぱい描いていたら、バーっと広がり、各地でイラスト展を開催して、『五味アイコンブック #oshare in DICTIONARY』という本にもなって、ふわっと盛り上がっていたんです。それでよく東京に来ていて、そのたびにMINORxU監督と会っていたんですよ。

MINORxU 普段は奈良に住んでいるから、わざわざ東京に来ている彼らに会いに行かなきゃって思うんですよ。当時は東京にいる友達よりも、よく会っていたと思います。

五味 レアキャラだよね(笑)。しょっちゅう会っていた記憶がある。

――LOSTAGEは2007年にトイズファクトリーからメジャーデビューしていますが、上京を考えたことはなかったのでしょうか。

五味 一度も考えたことがなかったですね。東京はライブハウスも多いし、ライブのために年間を通して月1くらいのペースで上京していました。ただドラムの岩城智和が早くに結婚して、子どももいたので、拠点を変えて家族に負担をかけるよりは、地元でどっしりと地に足をつけて活動できるやり方を探そうというのが結成当初からあったんです。そのためのやり方を最初から模索していました。

――周りにはメジャーデビューを機に東京に出て行くというバンドもいたのではないでしょうか。

五味 いましたが、「メジャーに行ったけどダメで戻ってきました」というバンドのほうが多かったですね。それで活動自体を辞めてしまったり、活動ペースが年数回になったり。それはそれでいいと思うんですが、自分たちは奈良を拠点に活動することを選びました。

MINORxU 今でこそ地方在住のバンドは増えていますが、当時は珍しかったですよね。しかもメジャーでとなると数えるほどしかいなくて。LOSTAGEのライブに同行していると、「東京に出ないんですか?」と言われるのを何度か見ました。

五味 自分ら的には、別に変わったことをしているつもりはなくて、普通のことだと思っていたんです。それに奈良在住だから不便だなと思ったことも、ほとんどないんですよ。奈良は日本列島のちょうど真ん中あたりで、ツアーで各地に行きやすいですからね。東京も頑張れば日帰りでライブができる。地元が札幌とかだったら考え方が変わっていたかもしれないけど、奈良と東京は地続きなので不便を感じたことはなかったです。

――レコード会社から上京を求められることはなかったんですか。

五味 契約書を書く時に「上京はしません」という条件を先に言って、トイズファクトリー側も受け入れてくれました。僕らのやりたいことを汲んでくれていたので、恵まれた出会いだったんですよね。

――MINORxU監督は親交が始まる前から、LOSTAGEの存在は知っていたんですか。

MINORxU ずっとLOSTAGEと同じような精神性の音楽を聴いていたんですが、僕が仲の良いバンドから、「奈良に自分たちと近い感覚を持ったバンドがいるよ」という噂は聞いていて、実際にライブを見たら同じことを感じたんです。東京出身の僕が、東京で見てきたライブシーンとリンクするようなバンドが奈良にもいるんだというのは驚きでした。

五味 そりゃいますよ(笑)。奈良は大阪がめちゃめちゃ近くて、電車でも車でも30分くらいで行けますからね。カルチャーの刺激を求めて、心斎橋とかに出て、ライブを観ることも多かったです。その当時は地元の奈良を盛り上げるという意識もなく、面白いものがあったら大阪に行っていました。

MINORxU 個人的に奈良って修学旅行で行く場所というイメージしかなかったんですよ。東京に住んでいると、学校帰りにレコード屋に寄るとか、そういう生活が当たり前だから、よく奈良を拠点に、このカルチャーにたどり着いたなと思いました。しかも地元にはLOSTAGEフォロワーのバンドもいて、ちゃんと奈良の地にカルチャーが根付くように耕しているという印象を受けました。