グループの進化とZepp Hanedaで直面した大きな壁

ーー2018年2月のライブをもってはちみつロケットが抜けて、新体制の3B juniorになります。そして11月には3B juniorの活動終了とアメフラっシの結成がありました。活動終了までの期間にも3B juniorの新体制でのワンマン、フェス出演、スタプラ東京、夏Sなどがありましたが、2018年はどのように見えていましたか?

鈴木 この時には3B juniorでデビューすることはないと感じていて、マジェスティックセブンでのデビューを一番の目標にしていました。並行してガチンコ3や栗もえかも精力的に活動していましたが、やっぱりデビューするのはマジェスティックセブンだと思っていて。

ーー当時のマジェスティックセブンはレッスン以外でもメンバー同士で集まって作戦会議したりとか熱い議論をしていたと市川さんも話していました。

鈴木 集まって話す機会は本当に多かったです。作戦会議もしていたし、ただ集まって話すだけの時間も楽しくて。ことあるごとに、みんなで集まっていろんなことを話してました。姉妹みたいなの関係でしたね。青春だったなと思います。

ーー11月の「Cell Division〜細胞分裂〜」公演をもって3B juniorが活動休止、同時にアメフラっシが結成。3B juniorのラストライブが終わってすぐ、アメフラっシとして同じステージでパフォーマンスされます。

鈴木 ライブ前のレッスンもかなりハードだった印象があります。3B juniorとしてのラストライブも、アメフラっシとしてのファーストライブも、どちらも良いライブにしたいという気持ちでもうレッスンと向き合っていたので、とても濃い期間でした。アメフラっシを受け入れてもらえるかどうか不安もあったので、一生懸命、気持ちを込めてやるしかないと思って挑みました。

ーーワンマンライブ後すぐに「魂の公開げいこ」や下北沢GARDENにて初のワンマンライブ「アメフラっシのちょっと早い年越っシ」が開催されました。2019年に入っても毎月のようにリリースを重ね、グループが一気に出来上がっていきます。そして12月には4人体制に変更。また、浪江女子発組合(現LumiUnion)への加入もありました。当時はどんなことを思いながら活動されていましたか?

鈴木 「魂の公開げいこ」は印象に残っています。面白い企画も多かったり、ゲストの方にきていただいたり、ライブ演出も自分たちで考えることもありました。

ーー公開げいこではステージの形が毎回、変わったり、試行錯誤されていましたね。

鈴木 公開げいこにももクロさんのマネージャーの川上アキラさんが来てくださったときに、もっといろんな見せ方をしたほうがいいとアドバイスをいただきました。それ以降、毎回、ステージの形を相談して決めるようになって、円形だったり、十字だったり、いろんな演出を考えました。個人的には、公開げいこがきっかけで舞台に出させてもらえたり、別のお仕事にもつながったこともありました。公開げいこはファンの皆さんとの距離も近さも含めて、たくさんの思い出が詰まった場所です。

ーー浪江女子発組合での活動はいかがでしたか?

鈴木 川上アキラさんから直接、お電話をいただいて加入することを聞きました。川上さんから電話が来ることなんて無かったので、すごく印象に残っています。佐々木彩夏さんと同じグループに所属できるとも思わなかったですし、たくさん可愛がっていただいて嬉しかったです。浪江女子発組合としての活動の中で、浪江町のことや福島県のこと知らなかったこともたくさん勉強させていただきました。 あとは、浪江女子発組合は、可愛く清楚な衣装で歌ったり踊ったりするのも初めてだったので、新鮮な気持ちでした。

ーー2020年は新体制になり、かつコロナ禍もありつつ、ワンマンライブも開催。そしてターニングポイントとなる「メタモルフォーズ」をリリース。鈴木さんは初めて「メタモルフォーズ」を聞いた時、どのような印象を受けましたか?

鈴木 個人的にもびっくりしたのですが、一番覚えているのは、一番最初にレッスン場でデモ音源を聴いて愛来が泣いたことです。嬉しい気持ちはわかるけど、そこまで感情が出た愛来に驚きました。あと、スキル的に歌も振りも難しくて苦戦したことを覚えています。

ーー「メタモルフォーズ」ではアメフラっシ初のMVも制作されました。

鈴木 ずっとMVが欲しいって思っていたので、本当に嬉しかったです。ここからアメフラっシの曲を知ってくださる方もたくさんいたので、MVで方向性を示せたかなと思います。

ーー2021年は「BAD GIRL」「SENSITIVE」などをリリース、Zepp Hanedaでワンマンライブ「Wings and Winds」、初のライブツアー「AMEFURASSHI 1st Tour〈Close to You〉」、年末にはKANDA SQUARE HALLにて「Christmas Live 2021」 を開催されました。

鈴木 コンセプトが明確になってきた時期でしたが、パフォーマンスは難しくなってきたタイミングでした。これまでと全然違うジャンルなので、苦戦することも多かったですし、Zepp Hanedaの頃はグループとして上手くいかないことも多くて。コロナ禍での活動の難しさもあったり、AMEFURASSHIと浪江女子発組合の活動もかなり詰まっていたり。個人的にはプライベートの時間でも上手くいかないことが重なって。夢に近づけそうって思っても、なかなか進まない日々が続いて、不安でいっぱいでした。

ーーZepp Hanedaは開催できない可能性もあったと市川さんも話していました。

鈴木 そうですね。Zepp Hanedaは直前まで開催できるかわからない状況でした。私も個人的に辛い時期でしたし、愛来も悩んでいる時期でした。グループとして終わってしまうんじゃないかと感じることもありました。みんなギリギリの精神状態でしたし、無理やり開催しようとも言えない。でも立ち止まることもできない。本当にすべてが壊れてしまうかもしれない状況でした。今となっては乗り越えられてよかったですが、本当に辛かった時期でした。

ーーZepp Hanedaを開催後、すぐに前を向けたのでしょうか?

鈴木 4人でステージに立てたことに感動しましたし、ライブができることは幸せだなと思いました。でもそれですぐに心が戻るわけではなくて、時間をかけて少しずつ取り戻していきました。