石井岳龍監督は安心感があって信頼の置ける方

――映画『箱男』の葉子役はオーディションで決まったそうですね。

白本彩奈(以下、白本) 動画選考と1次・2次の3段階だったんですが、特に印象的だったのは最終オーディションです。会場に入ったときに、「シフォンケーキがあるからどうですか?」と勧めていただいたんです。それもオーディションの一環だと思って、こんな審査があるんだと衝撃を受けながらも、葉子だったらどう食べるかと考えていたら、普通にシフォンケーキを出してくれただけでした(笑)。


――それぐらい気合いが入っていたんですね(笑)。安部公房の原作はどの段階で読みましたか。

白本 1次オーディションの後に読みました。安部公房さんの作品自体、初めて読ませていただいたんですが、すごく難解で。私の読解力が追い付いていないのかなと思ったら、調べてみると難解だという記事がたくさんあって。そうした記事を頼りに、パズルのような感覚で読ませていただきました。女性の登場人物が少ないので、葉子単体ではなく、この小説に女性が登場することの意味を最初に考えた記憶があります。

――白本さんの演じた葉子は、どこか浮世離れしたような印象があります。

白本 そう言っていただくことが多いんですが、結果的にそうなったということに過ぎないんです。葉子については私の中で指標にする人物がいらっしゃって、この作品にも関わりのある方なんですが、その方を辿りながら一人の女性を作り上げていきました。かと言って一つの色に染めたくなかったので、観た人それぞれ違う印象の葉子があったならば、それは成功だったのかなと思います。

――その他のメインキャストは永瀬正敏さん、浅野忠信さん、佐藤浩市さんと錚々たる顔触れです。

白本 「本当に私で大丈夫だろうか……」と自問自答した瞬間もあったんですが、出演が決まってから、すぐにリハーサルがあって役作りに取り組んでいたので、そんなことを考えている暇もなく、お尻を叩かれるように前に進んでいました。

――それまで石井岳龍監督の作品をご覧になったことはありましたか。

白本 オーディションを受けている期間に、『狂い咲きサンダーロード』(80)、『水の中の8月』(95)、『蜜のあわれ』(16)などを拝見させていただきました。

――『箱男』が27年来の企画だというのは、どの段階で知りましたか?

白本 オーディションの際に石井監督について調べていたときに知ったので、自分自身にも長年の企画だという重圧をかけながらオーディションに挑んでいました。

――クランクイン前に石井監督とどんなお話をしましたか。

白本 かなりのお時間をとっていただき、石井監督のこだわりや葉子を演じる上で意識してほしい部分を、じっくりと聞かせていただきました。私は映画の経験が乏しくて右も左も分からなかったので、そういったところからサポートしていただいて、特別にリハーサルも組んでいただきました。丁寧にお世話してくださったので、安心感もありましたし、信頼の置ける監督でした。

――リハーサルというのは、白本さん以外のメインキャストの方も参加されたんですか。

白本 私だけです。本当にありがたいことなんですが、そのリハーサルがなかったらどうなっていたことか……。代役の方が箱男(永瀬)とニセ医者(浅野)を演じてくれ、台本にあるシーンを実際にやって、それを石井監督が見てくださったんです。代役をやってくれたのがオーディションにいらっしゃった方で、ずっと顔を見ていたのもあって、余計に後に戻れないというか、やるしかないという決意みたいなものが、どんどん自分の中で固まっていったような気がします。今回の経験で思うことは、オーディションにしてもリハーサルにしても、本番の撮影にしても何一つ自分だけではできなかったなと。誰の力も借りずに一人でできたことは何もなかったんですよね。いつも誰かに手を引いていただいて、背中を押していただいて、その後は自家発電で頑張ることはできたんですが、皆さんの力があったからこそ、葉子として生きることができたので本当に感謝しています。