SNSの「#tanka」が短歌の入り口に“五七五七七”の広大さに惹かれて

――会社員として働き、ラブレター代筆屋としても活動。そんな小林さんが新たに「小林静」の名義で、第一歌集『恋人であれ ラブレター代筆屋が詠む短歌』を出版されました。どのようなきっかけで、短歌を詠まれるようになったのでしょう?

小林慎太郎(以下、小林) ハッシュタグ「#tanka」付きで流れてくるSNSの投稿を目にしたのがきっかけですね。何か特別な出来事や思いを詠んだものではなく、猫がかわいいだとか、クリームソーダがおいしいだとか、そんな日常のささいな一コマを切り取った短歌が面白くて、これなら僕もやってみたいなと思い、2023年夏から作りはじめたんです。第一歌集の帯にも載っている「見も知らぬ赤の他人に思い馳せ〈愛しています〉と書く仕事」これが一番最初に詠んだ歌です。

――ラブレター代筆屋としての仕事を表現した一首ですね。そこから、著書を出版されるまでの経緯はどのようなものだったんですか?

小林 出版社へ企画を持ち込んだんです。ただ、歌人として何の実績もない人間が企画書だけ持ち込んでも採用されるわけはないと思ったので、半年以上かけて200首をつくり、企画書と一緒に渡しました。その200首がそのまま第一歌集に収められている形です。

――最初から歌集を出版したいという思いはあったんですか?

小林 ありましたね。正確には、「歌集」というよりは「第一歌集」を出したいという気持ちが強かったです。世の中にはたくさんの歌集が出版されていますが、名だたる歌人の方々の著書を読むと、第一歌集は文字どおりの1作目ということで、それ以降の歌集に比べると巧さの面では見劣りするところがあったりしますが、その分、それを補って余りあるほどの瑞々しさや光沢があって、それがすごく魅力的に思えたんです。

――今回、念願叶って第一歌集を出版されたわけですが、歌集が「新人」という章ではじまるのは何か理由があるのでしょうか?

小林 昔から「新人」という響きが好きなんです。響きが好きなだけでなく、常に新人でいたいとも思っています。僕は今45歳なのですが、残念ながら会社員としては新人どころか古株になってしまい、ラブレター代筆屋の活動も今年で11年目を迎え、そちらも新人とは言えません。そんななか、歌人として晴れて新人となることができて、嬉しくて、はじめに「新人」という章を持ってきました。巻頭歌である「新学期、新風、新芽、新世界 三十一文字(みそひともじ)の新人の僕」は、その浮き立つ心のまま詠んだ歌ですね。

――本名の小林慎太郎ではなく、「小林静」の名にされたのも、新たな人になりたいという思いからだったのでしょうか?

小林 そうですね、そういう思いもありましたし、今回の歌集には男性人格で詠んだ歌もあれば、女性人格で詠んだ歌もあるので、性別を連想させず、どっちとも取れるような名前にしたかったということもあります。ちなみに、小林は自分の苗字ですが、「静」の名前は大好きな作家である伊集院静さんからの影響になります。

――個人的に印象に残ったのは「はじめまして小林です ラブレターの代筆屋をしています」と、ストレートに自己紹介されていた一句です。五七五七七のルールにとらわれない自由な作品で「字足らずでもいいんだ」と、新たな発見でした。

小林 おっしゃるとおりで、短歌は五七五七七の三十一音からなる定型詩ではありますが、それはあくまでも基本ルールであり、字余りや字足らずが絶対禁止というものでもありません。世の中の人が思われているよりも、短歌はずっと自由で、広大で、それが魅力だとも思います。とは言え、何でもアリというものでもなく、私の歌集にも読む人によっては「ふざけるな。こんなの短歌じゃない!」と、叱られてしまうような歌もあるかもしれませんが、そこは新人ということで温かい目で見守っていただきたいです(笑)。

――(笑)。収録された数々の作品で、活字になって新たに印象が変わった一首もありますか?

小林 印象が変わったとは少し違うかもしれませんが、おぉ~と思ったのは、歌集において最後の一首となった「月明かり見知らぬ道をそぞろ歩くゆくあてはなく迷いはなく」です。歌を作る段階では並びはまったく意識していなくて、とにかく思いつくままに作っていきました。だから、この一首で「本を締めくくろう」と考えて作ったわけではないですし、出版にあたって歌の並びを考えていくときも、この歌は上手くおさまる箇所がなくて、持て余した結果、最後に置いてみたというのが正直なところです。ただ、いざ本という形になって読み直してみると、最後に置いたことで、短歌という新しい世界を歩いていく決意表明のように読み取れて、おぉ~と思いましたね。

――今も日常的に、短歌は作り続けているんでしょうか?

小林 はい、日々の中で目にした光景や、気になった言葉、ふと浮かんだ一文などは、Googleドキュメントに書き溜めておいて、歌になりそうなものがあれば膨らませていくという作業は日常的におこなっています。だから、短歌を詠むようになってからは、常にアンテナを張っているというか、今まで気にとめていなかったようなことに対して敏感になりましたね。例えば今であれば、(取材場所で小林さんがホットコーヒー、筆者がアイスコーヒーを注文したのを受けて)「同じ日、同じ場所、同じ室温に身を置いているのに、かたやホットでかたやアイスなんだな」とか。そんな些細なことが心に引っかかります。

――小林さんが短歌を楽しまれているのも伝わってきました。そんな思いで作られた第一歌集『恋人であれ ラブレター代筆屋が詠む短歌』を、どんな方に読んでいただきたいかも教えてください。

小林 日頃、短歌にふれない読者の方にも届いてほしいですね。全体を通しての物語性も意識して作ったので、歌集としてだけではなく、読み物としても楽しんでいただけるのではないかと思います。