少しの思いつきで、人生を彩ることができる

ベランダに干した洗濯物がすごい速さで乾いていく。

怖い。「次はお前の番だ」とでも言われているような気分だ。

見ているだけで外に出ることが億劫になる。

例年の猛暑日をとっくに越した気温はこの先もまだまだ上がるのだろうか。

いつもよりもぼーっと、意味のない時間を過ごしつつ、夏を憂いていた。

 

えいっと外に出てみれば、視界が揺らぐほどの炎天下が襲ってくる。室内に入れば、クーラーが効きすぎた寒い部屋が一気に身体を冷やす。

交互に襲いくる気温は私の身体のリズムをぐらぐらと狂わせて、もはや暑いのか寒いのかを分からなくさせてしまった。

今年の夏はかなり手強い。

 

なんとなく、うまくいかない気がする。

なんとなく、イライラする気がする。

なんとなく不調な日々の中、気温に心を左右されてしまうなんて、なんと動物的だろうか。

私はできるだけ人に優しくありたいし、なにもかもを楽しみたいのに、苛立ちは余裕を奪い、私を内側からグラグラと揺さぶり続けていた。

そしてこんな時に限って買ったばかりのズボンの汚れに気づく。

悔しい。

膝の部分に広がる薄黒い汚れは、私を煽るように広がっていた。

 

自宅に帰って、ズボンについた謎の汚れと、にらめっこしてみる。

なんだか洗剤ではびくともしなそうな風格が漂っている。

洗っても落ちなかった時のイライラを思えば、洗濯を行う不毛さに胸が焦げそうだ。

汚れを憎らしく指でなぞるうちに、私は、そこに小さな刺繍をすることを思いついた。

 

ピンクと白の糸を使ってちいさく花びらを縫ってみる。

刺繍というのは無心になれるから最高だ。

昨日の憂鬱やこれからのプレッシャーを忘れて今どこから針先が頭を出すかに集中する。

少しずつ咲いていくように花弁が開いて、トゲトゲしていた心がほぐれていくのが分かった。

そうして出来上がった刺繍は思ったよりも上出来で、思わず顔が綻んだ。

そっとハンガーにかけてみると、さっきまではあんなに憎かった膝の部分が、私のための幸せで煌めいて見えるではないか。

 

少しの思いつきで、人生を彩ることができる。

そうして騙し騙しでも、息がしやすい毎日を選ぶことができる。

そんな誰のためでもない自分のための美しさを創造することができるという事は、私にとって生きる自信に繋がる瞬間なのだ。