恋愛が上手くいくと、逆に仕事が上手くいかない

――公開中の映画『追想ジャーニー リエナクト』の主題歌「表紙絵-samune-」を担当していますが、どういう経緯でオファーがあったのでしょうか。

岸 洋佑(以下、岸) 去年、「ARTISTS LEAGUE Grand-Prix 2023」で優勝して、それをきっかけに「映画の主題歌を書き下ろしませんか」というお話をいただきました。

――前作の『追想ジャーニー』はご覧になりましたか。

岸 観させていただいたんですが、あまり前作の要素を入れすぎるのも良くないと思って、参考程度にとどめました。『追想ジャーニー リエナクト』もファーストインプレッションを大切にしようと、音楽が何も入ってない段階で一回だけ観て、「表紙絵 -samune-」を書きました。

――どういう気持ちで曲を書いたのでしょうか。

岸 誰もが一度は「もしも時間が戻ったら、あのときどうしたら良かったんだろう」と考えたことがありますよね。映画を観て、誰もが思い浮かべるけど、絶対に実現できないことを、ちゃんとシンプルに歌いたいなというのが最初に思ったことで。この曲で、「もしも昔の自分に会えたらどうしますか?」という映画に沿ったシンプルな問いかけをしたかったんです。

――松田凌さんと渡辺いっけいさんが、それぞれ過去と現在を演じる主人公の横田雄二には、どんな印象を抱きましたか。

岸 人ってみんなこうなんだろうなと。年を取れば取るほど若い頃の自分の稚拙さが恥ずかしくなりますが、若い頃の自分も必死に生きて戦っていて、その人間臭さがものすごく伝わってきて共感しかなかったです。

――岸さんもシンガーソングライターになるまで紆余曲折があったかと思います。

岸 僕自身、過去に戻りたい欲しかない人間なんです。後悔をしないように生きようと思っていても、年を取るに連れて、「あのとき、これやっておけばよかったじゃん」と、また新たな後悔が出てくるんですよね。だから、昨日でも一昨日でも戻りたい。逆に言うと、前向きに「戻りたい」と思えることが成長している証でもあるので、常に戻りたいと思っているような自分でいたいです。戻りたいと言っても、どうせ戻れないんだし、だからこそ今を一生懸命生きていかなきゃいけない。この先を変えていかなきゃいけない。それが結局人生だということを、『追想ジャーニー リエナクト』を観て改めて感じました。

――脚本家の横田は人間関係によって大きく仕事を左右されますが、岸さんもそういう経験はありますか。

岸 あります。僕は恋愛が上手くいくと、逆に仕事が上手くいかないというのがあって、曲が書けなくなるんです。だから、どこかで満たされない自分がいないと怖いというか、ちょっと不幸でいる自分のほうが、居心地が良かったりするんですよ。松田凌くん演じる横田も幸せだと書けないし、上手くいってないときのほうが脚本を書けるんですよね。

――曲が書けなくなったときは、どう対処しているのでしょうか。

岸 書けなかった時期はないんです。個人的に「曲が降りてくる」って嘘だと思っているんですが、能動的に書きたくなるときと、書かなければならないときの二つがあって。たとえば今回の主題歌は書かなくてはならないから、絶対に書ける。書きたい曲と、書ける曲はちょっと違うんですよね。だから正確に言うと、能動的に書きたいものが書けないときがあるんです。今めちゃくちゃ好きな女性がいて、好きだと伝えたいけど、どう伝えたらいいか分からないみたいな。ただ「恋愛の曲を書いて」とオファーされたら、明日にでも書けるという感覚です。

――「表紙絵 -samune-」の制作はどのように進めていったのでしょうか。

岸 僕が弾き語りで作ったものを、相棒でもあるスーパーギタリストの山岸竜之介にアレンジしてもらいました。アレンジに関しては、「壮大な映画のエンディングで流れるような曲」ということだけを伝えてお任せしました。

――映画音楽ともマッチしたアレンジだと感じました。

岸 一点、上がってきたアレンジに対して、僕から「生のヴァイオリンを入れて欲しい」と注文したんです。というのも、いろんな映画のエンドロールを映画館で観たときに、人の琴線に触れるというか、特に綺麗に聴こえるのはヴァイオリンの音だなと思っていたんです。もともとのアレンジにもヴァイオリンの音は入っていたんですが、生に差し替えてもらいました。それによって立体感が出たんですよね。例えるならば、モノラルで聴こえていたものがステレオに変わったぐらいの違いがありました。

――『追想ジャーニー リエナクト』のキャスト陣は、みなさん熱のこもった演技でしたが、それが歌い方に影響した部分もありますか。

岸 めちゃくちゃ意識しました。歌い方に関しては、暑苦しくも儚くも切ないというのが今回のテーマで、あまり色気がなくてもいいなと思ったんです。上手さよりも、不器用だけど、一生懸命歌っているような歌い方にしたかったので、いつもレコーディングは細かく録り直すんですが、今回は1、2テイクしか録らなかったです。映画自体も演劇チックで一発録りみたいな勢いがあるので、それに沿うことが大切だなと思ったんですよね。

――主題歌に関して、谷 健二監督から何かフィードバックはあったんですか。

岸 それが一切なかったんです。一発OKだったので、「本当ですか?」と驚いたぐらいで、感想も「素晴らしいです!」の一言でしたから(笑)。ただ完成した映画のエンドロールで流れたときに我ながら感動して、すごく作品に合っているなと思いました。