ハリー・ポッターという役をやれるのは人生に一度しかないと思った

――現在出演中の舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』のハリー・ポッター役はオーディションで決まったそうですが、なぜ受けようと思ったのでしょうか。

吉沢 悠(以下、吉沢) なかなか世界的に知られている役を演じる機会はありません。ましてや日本人でハリー・ポッターという役をやれるのは人生に一度しかないだろうと思ったので、「挑戦しよう!」という気持ちでオーディションに参加しました。

――舞台自体も久しぶりですよね。

吉沢 5、6年ぶりです。オーディションで舞台に出演するというのも初めてでした。舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』のオーディションは一回だけではなく、何度か制作側からオファーがあって、そのたびに芝居をブラッシュアップするような形だったので、とても楽しい時間でした。

――舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』は2016年にロンドンで開幕して以来、日本も含めて7か国で上演されています。過去に観劇したことはありましたか。

吉沢 ハリー・ポッター役が決まってから、大貫勇輔さんがハリーを演じた日本版と、パレスシアターまで行ってイギリス版を観ました。最初に観たのがACT(TBS赤坂ACTシアター)だったのですが、演劇で表現されたハリー・ポッターの世界観に圧倒されました。

――どういうところに圧倒されたのでしょうか。

吉沢 この舞台はハリー・ポッターの19年後の物語を描いていますので、当然ながら今までの世界観とは違います。どうしてもハリー、ロン、ハーマイオニーという幼馴染み3人の青年期の印象が強いですが、僕が演じるハリーは結婚して、子どももいて、その状況に葛藤しているという、すごく人間らしい一面があるんです。その辺に映画とは違った深みを感じましたし、一番びっくりしたのは魔法です。その衝撃をACTで受けて、ハリー・ポッターを生み出したイギリスでも観たいと思って、パレスシアターで観劇しました。

――すごい行動力ですね。

吉沢 イギリスでは公演後に、ハリー・ポッター、妻のジニー、息子のアルバスを演じた3人の俳優さんと会う時間をいただいたのですが、ハリー役の俳優さんに「吉沢くんが感じたハリーを演じるのが一番だ」というアドバイスをいただきました。7か国で上演されている舞台ですし、日本だけでも僕とWキャストの平方(元基)くんも含めて7人の俳優さんがハリーを演じているので、それぞれのハリーがあるわけです。最初はどういうハリー・ポッター像を自分なりに作っていけばいいのか、どうすれば舞台を楽しみに来ているお客さんの心に届くのかと一人で悩んでいたのですが、二つの舞台を観劇して、そのアドバイスをいただいて、少し肩の荷が下りたんです。

――どういう意識の変化があったのでしょうか。

吉沢 お客さんとして二つの舞台を観ることで、こんなにも愛されている作品なんだと改めて客席で感じたんです。お客さんの声だったり、拍手だったりを直に聞いて、それが大きな力になるなと。もちろんプレッシャーもあったのですが、全部をひっくるめて受け入れてハリーをやっていこうと、稽古に入る前の段階で感じることができました。

――日本とイギリスで、お客さんの反応に違いはありましたか。

吉沢 多少の国民性の違いはありますが、劇場がハリー・ポッター愛に包まれているというのは変わりません。ただ日本のお客さんはハリー・ポッターの世界に没入できるように、キャラクターに近い衣装を着てくださったりして、日本独特の楽しみ方があるなと感じました。日本のお客さんは、役者と一緒に巻き込まれてくださるイメージがあります。

――観劇以外で事前に準備したことはありますか。

吉沢 映画版の『ハリー・ポッター』シリーズとスピンオフ映画の『ファンタスティック・ビースト』シリーズを全て観返した上で、気になった部分や理解の浅い部分を改めて観直しました。またJ・K・ローリングさんが書いた小説の世界観を理解するために原作も読み返し、小説、映像、舞台、それぞれの良さを理解することができました。さらに各キャラクターの関係性やバックボーンなど、いろんな方の考察をネットで読んで。そういった事前準備が稽古でも役立ちました。

――ネットの考察まで読んだんですか!

吉沢 そこまでやらなくてもいいのかなという気持ちもあったのですが、稽古初日から、すごく助けられました。今回の稽古には、ドイツ・ハンブルグで舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』を演出されているエリックさんという方が入られていたのですが、しっかりとバックボーンを埋めていくということを大切にされていたんです。初日の稽古はほとんど台本を開かず、この19年間でどんなことがあったのかを、みんなで探りました。その作業に3日間ほどかけたんですが、各自で想像を膨らませて、大まかにずれているところは、エリックさんが「J・K・ローリングさんはこういうふうに書いていたよ」と引き戻してくれました。それぞれのキャラクターがどういうふうに生きてきたかを構築する時間があったおかげで、どういう物語なのかを、それぞれが自分で咀嚼することができました。