ニューヨークに短期留学してアイデンティティに向き合う
――キャリアについてもお伺いしたいんですが、吉沢さんは2005年4月に芸能活動を休止します。どういう理由があったのでしょうか。
吉沢 二十代半ばだったのですが、ありがたいことに仕事は順調で。その分、自分の中でインプットとアウトプットが激しかったんです。年齢的に精神的なキャパシティも広くなかったですし、自分の目の前の価値観だけで物事を捉えていたので、いっぱいいっぱいになってしまい、一回立ち止まるという形で整理をしたかったんです。それで俳優業から距離を置きました。
――仕事が順調な中、活動休止という選択は度胸のいることでは?
吉沢 普通の感覚だったらそう思えるのでしょうが、普通じゃないところまで追い込まれていて、そうしないと前に進めないような状態だったんです。傍から見ると、勇気のいることかもしれませんが、本人的にはそんな感覚は一切なかったです。
――活動休止期間中、ニューヨークに語学留学をするんですよね。
吉沢 偶然、活動休止中のタイミングになりましたが、ショートスパンでもいいから海外に行って何かを吸収したいという気持ちは二十代前半から考えていました。ニューヨークでは語学学校に通いながら、たくさんのミュージカルを観劇しました。その中で、また芝居をしたいという気持ちが強くなって、約半年で帰国したんです。
――ニューヨークでは、語学以外でどんなことを学びましたか。
吉沢 世界中からいろんな人種が集まって、それぞれの信仰があるニューヨークで、何者でもない日本人の一人になったとき、「あなたはどういう人間なの?」ってよく聞かれたんです。「日本人というのは分かった。俳優というのも分かったけど、あなた自身の持っているものは何で、そこから何を生み出したいのか」みたいなことを深掘りされるんですよ。他にも「日本の歴史でこういうことがあったけど、どう思っているのか」と聞かれることもありましたし、政治についての意見なども問われました。それに答えられない自分がいて、アイデンティティに向き合う大きなきっかけになりました。そんな日々を送るうちに、自分の中でいろんなことが整理できて、メンタルも回復していったんです。
――帰国後、現在の事務所に移籍して活動を再開しますが、仕事面での意識の変化もあったのでしょうか。
吉沢 『夕凪の街 桜の国』(07)という佐々部清監督の映画で復帰したのですが、久しぶりにカメラの前に立ったときに、「ここは特別な場所なんだ」と改めて思ったんです。誰でも立てる場所ではなく、ちゃんと自分を選んでくれたからこそ立てるんだと。佐々部監督の温かい空気もあったと思いますが、この映画を良い作品にしようという職人気質のスタッフさんが集まっている中で芝居をすることに大きな喜びを感じました。
――二十代半ばのときのように心の整理がつかなくなることはありましたか。
吉沢 ないことはないですが、自分の精神状態がどうなっているかを客観的に捉えられるようになって、ある程度はコントロールができるようになっています。良いことも大変なこともたくさん経験する中で、徐々に自分のことが見えてきたんだと思います。
――初めて舞台のオーディションに臨んで、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』に出演するというのは大きな挑戦だったかと思いますが、これからも挑戦を続けたい気持ちはありますか。
吉沢 あります。4年前から殺陣の稽古を受けているのですが、42歳で始めたのは自分の中で大きなチャレンジだと思っていて。もともとは役者仲間と一緒にチャンバラの技術を学べると思って通い出したのですが、先生はどちらかというと技術よりも、人間形成に重きを置かれている方なんです。たとえば会話をする上でも、なぜそこにいるのかを理解して発言しなきゃいけないということを説かれるんです。そこの稽古場に通い出してから、四十代にして叱られることも多いです(笑)。そうやって殺陣の稽古を経験したからこそ、年齢に関係なくチャレンジを続けていきたいと思いましたし、それが舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』にも繋がっていると思います。
Information
舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』
開催期間:ロングラン上演中
会場:TBS赤坂ACTシアター
ハリー・ポッター:平方元基/吉沢 悠
ハーマイオニー・グレンジャー:木村花代/豊田エリー/酒井美紀(※出演は2025年から)
ロン・ウィーズリー:石垣佑磨/ひょっこりはん/矢崎 広
ドラコ・マルフォイ:内田朝陽/永井 大/姜 暢雄
ジニー・ポッター:白羽ゆり/大沢あかね
アルバス・ポッター:佐藤知恩/渡邉 蒼
スコーピウス・マルフォイ:西野 遼/浅見和哉/久保和支
嘆きのマートル:出口稚子
ローズ・グレンジャー・ウィーズリー:飛香まい
デルフィー:鈴木結里/乃村美絵/高山璃子
組分け帽子:尾尻征大
エイモス・ディゴリー:間宮啓行
マクゴナガル校長:榊原郁恵/高橋ひとみ
ほか
※キャストによって出演期間は異なります。
ハリー、ロン、ハーマイオニーが魔法界を救ってから19年後、かつての暗闇の世を思わせる不穏な事件があいつぎ、人々を不安にさせていた。魔法省で働くハリー・ポッターはいまや三人の子の父親。今年ホグワーツ魔法魔術学校に入学する次男のアルバスは、英雄の家に生まれた自分の運命にあらがうように、父親に反抗的な態度を取る。幼い頃に両親を亡くしたハリーは、父親としてうまくふるまえず、関係を修復できずにいた。そんな中、アルバスは魔法学校の入学式に向かうホグワーツ特急の車内で、偶然一人の少年と出会う。彼は、父ハリーと犬猿の仲であるドラコ・マルフォイの息子、スコーピウスだった!二人の出会いが引き金となり、暗闇による支配が、加速していく……。
吉沢悠
1978年8月30日生まれ。東京都出身。1998年ドラマ『青の時代』にて俳優デビュー。以降、ドラマや映画など幅広く活躍。2002年『ラヴ・レターズ』にて初舞台を踏み、2013年「宝塚BOYS」にて舞台初主演。主な舞台出演作品に『TAKE FIVE』、『華氏451度』(主演)、『MONSTERMATES』など。近年の出演作に、ドラマ『夫婦が壊れるとき』、『週末旅の極意〜夫婦ってそんな簡単じゃないもの〜』、『泥濘の食卓』など。現在放送中の日本テレビ系ドラマ「放課後カルテ」、映画『十一人の賊軍」に出演。待機作に2025年大河ドラマ「べらぼう」などがある。役者の幅を広げ、人間味あふれる演技で幅広い層から支持されている。
PHOTOGRAPHER:YASUKAZU NISHIMURA,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI