「ゲレンデの歌姫だ!」とめちゃくちゃうれしかった
――矢作さんのキャリアについてもお聞きしたいのですが、そもそも音楽に興味を持った
のはいつ頃だったんですか?
矢作 昔から両親の影響でよく音楽を聴いていたんですけど、特に好きだったのがお父さんとのドライブ。毎回J-POPや洋楽、いろんなジャンルの音楽を流しながら車で出掛けるのが楽しみで、中でもマイケル・ジャクソンをよく聴いていました。CDショップに行くことがあれば、私も一緒にレンタルするアルバムを選んで、それを車の中で聴いたり。そういうことがルーティンみたいになっていたんです。
――日常的に音楽に囲まれた生活を送っていたんですね。当時聴いていて、影響を受けたと思うアーティストは誰ですか?
矢作 やっぱりマイケルです。環境破壊などについて歌っている「Earth Song」や「Human Nature」などメッセージ性のある曲が好きでした。
――ご自身で歌うことに関しては?
矢作 家族みんなカラオケが大好きなんですけど、自分たちの歌を録音するために必ずカセットテープを持っていくんです。それが矢作家の文化で、カセットに全員が歌を録音してそれを帰りの車内で聴いて楽しむという。それくらい歌うことも習慣になっていました。
――それから芸能界に入って活動をしていく中で、シンガーソングライターとしてやっていこうと決断したのはいつ頃ですか?
矢作 高校2年生の終わりごろに、所属していたAKB48を卒業しようと思ったんです。「AKB48グループ歌唱力No.1決定戦」というイベントがあって、そこで優勝させてもらったときに、「もう芸能界はいいかな」と……。
――グループ卒業と同時に芸能界からも引退するつもりだった。
矢作 そう思っていたら、イベントの審査員だった井上ヨシマサさんやゴスペラーズの黒沢薫さんが、「絶対に続けた方がいいよ!」と言ってくださって。そういう後押ししてくれる声もあったので、それならまだ続けていこうと作曲の勉強も始めました。
――そのイベントがターニングポイントだったんですね。そこからグループ卒業や充電期間を経て、ソロアーティストとして活躍されている現在、どういったところでやりがいを感じますか?
矢作 やりがいで言うとすごくうれしいことがあって、先日、友達がスノボに誘ってくれたんですよ。でも、ツアー中だし、もし骨折したら大変だからみんなで楽しんできてと返事したんです。そうしたらスノボに行った友達から「萌夏も歌姫になったな」と動画が送られてきて。なんだろうと動画を観たら、私の歌がそのゲレンデでかかっていたんですよ!
――すごい偶然ですね!
矢作 めちゃくちゃうれしかったです。「ゲレンデの歌姫だ!」って(笑)。
――そうやって自分の音楽が世界に浸透しているのを目の当たりにするのは達成感もありますね。
矢作 私、自分の暮らしと歌手活動はまったくの別物だと考えて生きているんです。そうやってきっちり分けているからこそ、日常生活に自分の活動の部分が入ってきたら、びっくりもするんですけど、ちゃんと届いているんだなって。そういうとこでやりがいは感じるかな。
――ちょうど今は「Acoustic Live Tour 2024-2025 “愛を求めているのに”」の真っ最中ですが、こちらのライブはどういったコンセプトになっているんですか?
矢作 まず私の中で、この1年の成長をお見せしたいというのが一番の思いとしてありました。それこそ今までは「一人でやってるんです!」「私、頑張ってるんです!」という部分がちょっとあったんですけど、それはもう当たり前なんだから、それ以上のものを見せていきたいなと。
――このツアー中、特に印象に残っているライブはありますか?
矢作 初日の恵比寿にはTHE ALFEEの坂崎(幸之助)さんが来てくださったり、渋谷は初めてのライブハウスだったんですけど、熱気がすごくて、お客さんの思いがステージまで伝わってきて、新鮮な経験でした。あとは、埼玉の所沢近くで育ったので、ところざわサクラタウンでのライブが凱旋公演だったんです。その日は両親も観に来てくれたんですけど、この1年で一人暮らしを始めたり、自立してきたところだったので、変な緊張感がありました(笑)。