独自の食技法を詰め込んだ『グルメ外道』はこうして生まれた

――グルメをテーマにした本を出されたきっかけについて教えてください。

マキタスポーツ 6、7年ぐらい前に「書いてみませんか」と企画書をいただいたことがきっかけです。当時、僕は食べ物に関することは自分のラジオ番組でのみ話していました。僕の食べ物に関する語り口って結構、独特で、ラジオとかそういう環境だったら面白がってくれる人かなと思って発信していたんですが、その語り口のまま本にできたらと、編集担当の金さんが企画書を持ってきてくれたんです。その時は仕事のタイミングで叶わず宙に浮いた状態でしたが、一昨年、金さんに「この企画まだ生きてますか?」って僕のほうから尋ねたところ「ぜひ待っております」とお返事をいただいて、執筆することになりました。

――ちょっと癖のある食への考え方といいますか、食べ方に対するこだわりを語っていたのでしょうか?

マキタスポーツ 僕の語りを面白いって言ってくれるリスナーがいたから喋っていたし、ネタにもしてきました。もう10年くらい前になりますが「10分どん兵衛」がネット界隈でバズったりして、そういった独自の食べ方を告白するかのようにまとめて「えい!」という感じで、書かせてもらいました。

――絶妙なところを突いている、今までにないとてもロジカルなグルメ本ですよね。

マキタスポーツ 物事を何かに見立てて、例えたりすることは好きなんです。だから、食べ物でそれをやったっていう感じです。僕が個人的に食べ物に関することを書くなら、わかりやすい切り口であるとか、面白げに、ちょっとユーモラスに語るように書かないと、とてもじゃないけど食えたものではないですよ(笑)。そういう見立てとか例えは、ユーモアっていう味付けやスパイスであり、なるべく僕の考え方とか、食べ物に対するスタンスみたいなものを伝えるための1つのテクニックとして用いているイメージです。

――本の中では、若い頃ラーメン評論家気取りのことをしていたとあります。

マキタスポーツ めちゃくちゃ気取っていましたね~。90年代のはじめは、ラーメン評論家っていう肩書きの人もまだいなくて、今ほど情報が拡散されない時代だったし、グルメ雑誌自体もあまりなかった。(ラーメン評論家の)石神秀幸さんや大崎裕史さんが登場する以前だったので、自分がその道の評論家になろうなんてまったく考えもつかなかった。誰に見せるわけでもないのに、メモとかレビューみたいなものとかを日記のように勝手につけていました。それを、当時読んでいた音楽系の雑誌の文体をマネて書いて、評論遊びみたいなことをやっていたんですけど、孤独な作業でね。誰かに見せるわけではないですからね。だから、やめちゃったんです。

――自分のどのようなところがグルメ外道だと思われますか?

マキタスポーツ 今のグルメの基本って、「みんなでシェアしましょう」とか「これ役に立つでしょう」とか、明るい調子じゃないですか。でも、僕はそうじゃないです。人にシェアしましょうって言われると、割と精神的にきつくなってきちゃうんですよね。食べ物にうまいまずいとか、序列や優劣がつくこともすごく嫌なんです。美味しいものをたくさん食べてきている人が偉いっていう感覚もあるじゃないですか。それも、なじまないですね。そういうものにいちいち嫌だって背を向けているところが外道だと思います(笑)。

――自分自身が美味しいって思えるかが大前提にある感じですね。

マキタスポーツ そうですね。以前、シェフの稲田俊輔さんが、食語りとか、みんなで共有されていくべきものに対して、もっと個人に引き寄せたものだということを書評で書いてくださったんですけど。誰だって、食に対するつまらないこだわりはあるじゃないですか。それでいいんですよ。周りの情報に振り回されないで、自分の食を大切にすればいいと思います。党派間の争いとか、そういうのはくだらないので。

ライターの方とこの前話したとき、「基本的に食にこだわりがないって」ておっしゃってましたが、その方、ものを書きながら柿の種とかを食べるんですって。だから、柿の種に関しては、ちょっと好きでこだわりあるって話していて「あるじゃん!」って話です。「もっともっと、食を自分のものとして考えようよ」って言いたいです。そういうことを言っているグルメ本は、あんまりないですよね。