グルメ外道には食に対する過去の原体験がベースにある
――本で語っている、空腹というエンターテインメントについて詳しく教えてください。
マキタスポーツ 自分の空腹は、自分だけのものじゃないですか。だから、その変化に集中していれば、「やった、空腹だ」って思える感覚がある。そうすると、生きていることを実感できる、生きることの祝祭性があると思うんです。ちょっとくす玉が割れた感じですね。そしたら、「次は何を食べようかな」って希望が湧いてくるじゃないですか。だからそこはすごく緻密に、グッとフォーカスをして書いています。「あれが評判だからうまい」じゃなくて、空腹自体がエンターテインメントになっていれば、何を食べてもうまいんですよ。
――そこに、食をとりまくすべての背景が加わってくると。
マキタスポーツ そうですね。それを僕は「私化(わたくしか)」と呼んでいます。どこかの焼き鳥屋に行って、椅子がガタガタしていて座りづらかったけど、皮の焦げた部分がうまくてね。その時に演歌が流れていて、とかね。その焼き鳥自体が150円ぐらいの大した焼き鳥じゃなくても、そういう背景があると特別な体験になると思うんですよ。だから、そうやって物語化すると、きたない焼き鳥屋だなとか、そういう文句とか悪どい気持ちが減りますよ(笑)。
――その背景と一緒に味わっているから美味しさが増すということですね。
マキタスポーツ そうそう、食べに行くのはライブを見に行くことと同じで、それを持ち帰って食べるのは、演劇のDVDぐらいつまんないですよ(笑)。焼き鳥を持ち帰ってレンジで温め直しても、まったく違うものになっちゃう。あれ、不思議ですよね。
――本の中では地方に行った際の現地メシへのこだわりも書かれていました。地元の人しかいかないようなスナックなど、現地メシにたどり着くまでになかなか大変な面もあると思いますが、あえてそこに行くのは何か特別な理由があるのでしょうか?
マキタスポーツ 好きだから行くわけじゃないんですよ、その行為自体が。だって疲れるし、大変ですよ。勇気がいるし。ただ、特別な体験にはなりますよね。そこで出されたものは、特別なものじゃなくても、忘れられない食べ物、食体験にはなると思います。僕の家の周りにも、中が全く見えないスナックとかありますけど、普段は行きません。だから、地方に行ったときぐらいは、非日常を味わうために、探検してみるんです。例えば、ただの芋の煮っころがしでも、その体験と紐づいて特別なものになる。だから、食べるというか、文化人類学的なフィールドワークになっている気がします。ただ、地元の人しかいないし、(お店に)入るのには勇気がいりますよ。最初の緊迫感だけはすごい(笑)。今の若い人にもぜひ体験してもらいたいですね。若い人が入ると、「よく来たな」みたいな空気感になるはずなんで、面白い体験できるんじゃないかなと思います。
――過去には、モスバーガーや歌舞伎町の居酒屋で働かれていたとのことですが、それ以前に料理をされていたのでしょうか?
マキタスポーツ ちゃんとはしてないですね。見よう見真似でやってきた感じです。実家は商売をやっていて、休みの日曜は親が起きてくるのが遅くて、僕だけ早く起きるんですよ。そのとき、見よう見真似でフライパンを使ってチャーハンとか作ったことはあります。でもその程度でしたね。ちゃんとした初めての料理体験は、居酒屋でした。そこで少しノウハウは覚えました。
――居酒屋で働かれていた時につくねの作り方のノウハウを盗み見したとありましたが、それで料理がだんだん楽しくなってきた感じでしょうか。
マキタスポーツ そうですね。料理すると、こういうレイヤーになっているからおいしいんだっていうことがわかるのが面白かったです。工作とかプラモデルとか、組み立てる楽しさってあるじゃないですか。それと同じで、料理の構造とかレイヤーが、自分のなかで結構わかるんですよ。これは僕の特質なのかもしれないです。
――家にいるときはご自身で料理されるんですか?
マキタスポーツ 凝ったものは作りませんが、最近は久しぶりに寿司を握りました。握るのが難しかったですね。普段は完成形を食べているから、難しさがわからない。だから、ひょっとしたらできるのかなと思いましたが、ダメですね。あんな微妙な食べ物ないですよ。やっぱり、日本料理って微妙じゃないですか。温度もそうだし、握った具合のニュアンスとか。本手返し、コテ返しもありますけど、それもあんまりぎゅぎゅってやっちゃいけないし、難しいです。
――実際にやったからこそ難しさがわかるんですね。本ではご出身の山梨県の海なし県の寿司に対する劣等感を書かれていましたね。
マキタスポーツ おいしい寿司の店を知っている人って、すごくいい感じに見えるじゃないですか。僕は、寿司っていうだけで、ちょっと気おくれしている部分があって。「やった、寿司だ!」と思っても、そんなに食べられない(笑)。本にも書きましたけど、寿司に関しては文化資本みたいなものだと思っているので。僕の孫ぐらいの世代でようやく余裕をもって寿司と向き合えるんじゃないかなと。僕はもう、寿司にビビってますね(笑)。