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    こんにちは。GANG PARADE/KiSS KiSSのキャ・ノンです。今日は小説のストックからひとつ載せようと思います。ストックと言ってますが、そんなものはほとんどもう存在していないので、そろそろ新たに書いてみようと思います。よかったら読んでください。

    黒猫

    バスを降りて大久保通り沿いを歩く。ファミリーマートでヤクルト1000を見つけては、四本購入して店を出る。七月の半ば、思い立って転がり込んだこの家で、わたしは黒猫と一緒に家主を待っていた。決して広くはない1K、303号室、風呂トイレは別で、黒猫の毛が至るところに舞っていた。ベッドはひとつだったが、それもわたしに譲ってくれた。

    朝9時、家主が仕事にでかける。行ってらっしゃい、とベッドから掠れた声をかけて猫を撫でる。家にあるもの好きに食べていいよ、鍵だけポストに入れといてね。うん、ありがとう。がちゃりと閉まるドアの音と、勝手に鍵を施錠するオートロックの音が部屋に響く。それから二時間ほどまた寝て、昼ごろになってようやく家にあったチンするタイプのごはんにごま塩をかけて食べた。使った食器は洗う。床に落ちている髪の毛や猫の毛もコロコロする。風呂場の排水口も綺麗にした。夕方になって出かけても、帰ってくるのはいつもわたしより遅かった。

    そんな生活に何の疑問も持たずに、むしろ家主はわたしが一緒に住むことを喜んでくれた。わたしのキャリーケースは、ずっと部屋を狭くしていて邪魔だった。猫はよく鳴いた。ご飯が食べたい時、撫でて欲しい時、構わないで欲しい時。家主はあまり他人に懐かないと言っていたが、わたしにはよく懐いていた。せっかく外に出るために着替えても、猫はずかずかと乗っかってきて、体を擦り付けた。12時になって、外に出ようとすると猫は察したように窓際に移動した。

    「いってきます」
    猫しかいない家に向かって言う。外に出ると、磨りガラス越しに見える、ふわふわとした影が愛おしかった。この家は駅が遠くて不便だった。最寄りの駅までも十五分くらいかかる上に、登り坂だらけだった。そのかわりにバスはよく走っていて、渋谷までも一本で行くことができた。聞いたことない名前のスーパーの目の前にあるバス停は、いつも別のおばあちゃんが一人二人並んでいた。どこに行くにもそれなりにかかるが、バスに揺られてる時間はきらいじゃなかった。

    19時に仕事が終わるとふらふらとバス停に向かう。わたしはいつまでこの生活をするんだろう。どれだけ時間が経っても、自分の家にはどうしても帰りたくなかった。この日は何となくひとつ前の駅で降りてみることにした。こっちにはセブンイレブンがあった。家からは少し離れるが、ファミリーマートに飽きたらここまで歩こうと決めた。

    「ただいま」
    家に着いても猫しかいなかった。真っ暗な部屋に、猫の目玉だけが光る。電気をつけると、相変わらず部屋は猫の毛にまみれていたし、着ていた黒いTシャツにも思っていた以上に猫の毛がついていた。セブンイレブンで買ったカニカマのマヨネーズ和えとレモンチューハイを袋から取り出す。缶を開ける音に猫が少し驚いた。テレビはつけたくなかったので、iPhoneから音楽を流す。いつ帰ってきてもいいように、家主が好きなandymoriのアルバムを選んだ。

    「ただいま!」
    風呂にも入っていないのに、眠くなってうとうとしているとドアはがちゃっと開いた。おかえりー。体に力が入らない。目の下にしっかりクマを作った家主は、両手に持っていた紙袋を置いて、猫を撫でながらリモコンでテレビをつけた。ニュースの端っこに表示される時刻は、もう24時を迎えようとしていた。

    「仕事が終わってない!」
    しっかり疲れているとわかるのに、家主は空元気で喋ってきた。手伝うよ。やった、ありがと! 紙袋から大量の書類を取り出すと、お手本を見せてくれた。それを真似てホッチキスを止めていく。なんやかんや、この家にきてから家主と二人でしっかり話すのは初めてだ。会っていない間にあった出来事をなんでも教えてくれた。家主はそれなりに生きて、それなりに恋愛をして、それなりにわたしがいない日を過ごしていたみたいだ。わたしは傷付いたのだろうか。またふらっと現れよう。次の日の朝、わたしはキャリーケースを持って家を出た。

    過去の連載記事はこちら
    https://strmweb.jp/tag/ca_non_regular/

    キャ・ノン

    「みんなの遊び場」をコンセプトに活動する11人組アイドルグループGANG PARADEのメンバー。また、「KiSSをあなたにお届けchu!♡」をキャッチコピーに活動するWACK初の王道5人組アイドルグループ『KiSS KiSS』のメンバーの一人でもある。ライブ好きで、苦手なことや、できないことは出来るようになればいいというタフでロックな精神の持ち主。2024年5月31日より自分自身のライブレポートなどを綴った『アイドルリアル備忘録』をSTREAMにて連載中。