ラストアイドル、×純文学少女歌劇団での経験をもとに、アイドルのプロデューサーに挑戦

――2025年はまさに転機となる1年だったと思いますが、他にもターニングポイントを挙げるとしたら、いつになりますか?

畑 芸能活動7周年を迎えたのですが、一番のターニングポイントはやっぱりラストアイドルの活動終了ですね。その時は芸能活動を辞めるか、アイドルを続けるのか、ソロで活動していくのか…、そこで一度めちゃめちゃ考えました。その後、×純文学少女歌劇団として活動を続けられたことは、本当に巡り合わせでしたけど、自分にとって救いでした。なので、×純文学少女歌劇団の活動が終わった時もターニングポイントでしたし、今もまさにターニングポイントです。環境が変わることは毎回不安ですけど、楽しみな気持ちが勝つというか…、挑戦することが好きなのかも知れないです。今この瞬間もとてもワクワクしています。

――今、グループ活動のお話が出ましたが、2つのグループでの活動期間は振り返ってみて、どんな時間でしたか?

畑 メンバーとスタッフさんと一緒に頑張って積み上げていくことが本当に楽しかったです。自分の中では、ラストアイドルは“青春の塊”といった感じですね。×純文学少女歌劇団の活動もずっと続けていきたかったんですけど、ラスアイよりも活動期間が短く、儚いものになりました。

――当時のメンバーとはどんな関係性なのでしょうか?

畑 グループ活動が終わってからも、私は仲間意識がとても強いです。全然会っていなくてもSNSで見ていたりするので、あの子も頑張っているから頑張んなきゃ…みたいに刺激を受けることが多いです。

――せっかくのソロインタビューの機会なので、少し遡ったお話も聞いてみたいのですが、畑さんがもともとアイドルに興味を持つきっかけとなったグループや人はいるのですか?

畑 私はもともと乃木坂46さんのオタクで、衛藤美彩さんの握手会にたくさん参加していました。他の方の握手会にも参加しましたが、衛藤さんはいつも神対応で、めちゃめちゃ背中を押されていました。

――そこから、ご自身がアイドルになりたいと思うようになったのはいつ頃ですか?

畑 小さい頃から歌って踊ることが大好きで、幼稚園の頃にモー娘。さんを真似したりするような子どもでした。高校生の時にはダンス部に入って、文化祭の後夜祭でAKB48さんや少女時代さんの完コピを披露したりしていたんですよね。見ているのは普通に学校の友達なんですけど、その時に体育館のステージから見たペンライトの海のような光景に感動して、その時にアイドルって本当に楽しい!と思うようになって、そこから自分でも目指すようになりました。

――そして、実際にアイドルになって2つのグループでの活動を経て、今回、アイドルをプロデュースする側に回るわけですが…、どのような経緯でこのお話に至ったのでしょうか?

畑 突然、事務所の社長さんから連絡がきて、「アイドルのプロデュースをしてみないか?」と言われて、びっくりしました。もともと、私のやりたいことリストに「アイドルのプロデュース」はあったんですけど、自分の中ではまだグループ活動が終わったばっかりだったので、とても悩みました。でも、考えているうちに、やってみたいという気持ちと、今ならできるかもという思いも強くなっていったので、挑戦してみることにしました。

――社長さんも今が良きタイミングだと思って、声をかけてくれたのでしょうね?

畑 そうかもしれないですね。色々なアイドルのライブでお会いすることも多かったですし、生誕祭の衣装をデザインしたり、こだわって作ったりすることが大好きだったので、そういう部分を見てプロデュースに向いていると思ってくださったのかなと思っています。

――ちなみに、プロデューサーとしてではなく、現役のアイドルとして新たなグループで活動を続けるという選択肢はなかったのですか?

畑 プレイヤーとしてですか!?(少し考えてから)ゼロでは無かったですけど…、グループ活動を今から頑張るというよりも、プロデュース側に回って、自分が思い描く好きなアイドルグループを作っていく方が向いているのかなと今は思っています。そういったタイミングも含めて、社長さん含め事務所の皆さんが背中を押してくれたのかなと思っています。