オーディションを受けたきっかけから3B juniorでの活動

ーーまずは芸能入る前の幼少期について、聞かせてもらいたいのですが、芸能界入る前はどんな子どもでしたか?

小島 そうですね。本当に口数が少なくて、内気な子でした。

ーーあまり喋らなかったんですね。

小島 話し始めるのも遅くて。学校でも全然言葉が出ない子どもでした。人前に出るのも苦手、というか無理で。友達も少なくて大親友が一人みたいな。アイドル活動なんて考えられない感じでした。

ーー歌やダンスはどうでした?

小島 いろいろ習い事をさせてもらっていたのですが、その一つにバレエがありました。3歳くらいから始めましたが、振り付けを覚えるのが苦手で、発表会でも手を振ってるだけでした。

ーーたくさん習い事をされていたということは、アクティブではあった?

小島 そうですね。バレエ以外に、水泳とか、空手とか、学習塾とか。習い事以外でもアクティブで。家族でキャンプとか、海外旅行とか。色んな経験をさせてもらって、活発なほうだったと思います。

ーー芸能を目指されたきっかけを教えてください。勉強が苦手で何か違うことをしたい、というのはインタビューで伺ったことがありますが、憧れのアイドルとかアーティストはいましたか?

小島 芸能界自体には興味が無かったのですが、姉がジャニーズ事務所とか、スターダストプロモーションのアイドルが好きで。小さい頃って姉が好きなものが気になったりするじゃないですか。姉の影響でももクロさんやえびちゅうさんに興味を持つようになって、ライブにも行きました。

ーーちなみにどのライブに行かれたのですか?

小島 小学校4年生の時に「ももクロ夏のバカ騒ぎ WORLD SUMMER DIVE 2013.8.4 日産スタジアム大会」を観に行って。会場のセットの顔型オブジェは今でも強烈に覚えています。

ーーお姉さんのきっかけもあって、アイドルも観るようになってきた時に、オーディションが開催されたんですね。

小島 そうですね。色んなインタビューで聞かれる度に恥ずかしいなって思うのですが、勉強が苦手で塾を辞めたいと思ったタイミングでオーディションがあるのを知って。しかもそれが、ももクロさんの事務所だったので、運試し的に受けてみたのがきっかけです。

ーー見事合格されてスターダストプロモーションへの所属が決まり、2014年3月の「ももクロ春の一大事2014 国立競技場大会 〜NEVER ENDING ADVENTURE 夢の向こうへ〜」で初めてお客さんの前に立たれます。オーディション合格から国立までの期間はどのように過ごされていましたか?

小島 ダンスやボイトレなどのレッスンや基礎練習などをしながら準備していました。レッスンもできないことが多くて、子どもだったこともあって、悔しいというよりは、もうヤダみたいな笑。フォローしてもらいながらなんとかレッスンを受けていました。

ーー初めてお客さんの前に立つのが国立競技場というのも、レアな経験かと思いますが、いかがでしたか?

小島 バックダンサーの一人として参加させていただきましたが、かなり年下の方だったので、難しい振り付けがあるわけではないのですが、年上の先輩たちと同じスピードで花道を走るだけでも一苦労でした。とにかく必死だったのを覚えています。

ーーステージから見た景色はどうでしたか?

小島 当時は、国立競技場でももクロさんのバックダンサーをすることの重みを理解できていませんでしたが、会場を埋め尽くすカラフルなペンライトを今でもはっきりと覚えています。振り返ってみると、国立に立たせてくださったことは、かけがえのない経験になりました。

ーー3B juniorとして自分たちのパフォーマンスを見てもらうという意味では、2014年11月に国際フォーラムホールAで開催された「ももいろクローバーZ 女祭り2014 ~Ristorante da MCZ~」のライブ・ビューイング「女祭り2014 メンズ限定非公式のぞき見大会『サンクチュアリ』」が初になりますが、印象的だったことはありますか?

小島 人前に立つこと自体が今までなかったので、すごく緊張していましたし、マイクで歌うっていうことも初でした。気持ちとしては、頑張ろうよりも楽しもうのほうが大きかったと思います。

ーー当時の映像が3B juniorのYouTubeチャンネルにも残っていますが、演目の”めくり”もなかなか大変そうです。

小島 台が高くて一苦労でした笑。

ーー 2015年に入ると、3B juniorとして活動が本格化。ワンマンライブ、定例公演、ツアーが始まり、年末にはステラボールでの公演も開催されました。大きな一歩を踏み出した年だと思いますが、振り返っていかがですか?

小島 ワンマンライブ、ツアー、オリジナルの楽曲やMVの撮影など、たくさんの人の協力があって作り上げられていることを知って、勉強になることばかりでした。定例公演ではいろんな企画をやらせていただいて、純粋に楽しかった印象が強いです。あとは、3B juniorは26人の大人数グループだったので、歌割りもなかなか無い中で、ファンの人に見つけてもらうために、とにかく大きく踊ったり、歌割り以外のところでもリップシンクしてみたり、試行錯誤していたのを覚えています。

ーーワンマンライブとしては、8月に浅草公会堂で開催した「3B junior 浅草大歌謡ショー」が初になりますが、いかがでしたか?

小島 年齢的に20時までしか出演できなくて、最後までステージに立てなかったことが悔しくて大泣きしたのを覚えています。


PHOTO:笹森健一

ーー初のツアーとなる「3B junior ファーストツアー 東京湾」では、お客さんと近い距離でのフリーライブや特典会などもあったかと思いますが、いかがでしたか?

小島 とにかく楽しかったです。特典会もいろんな企画があって、そのおかげでファンの人たちとどうやって接していけばいいのか勉強することができたし、他のメンバーを推しているファンの人たちとも距離がすごく縮まったと思います。 定例公演やワンマンなど、大きなステージでパフォーマンスすることも、お客さんと近い距離でコミュニケーションを取っていくことも、どっちも新鮮で楽しかったです。

ーーツアーをまわるころには、人前に出るのが得意ではなかった小島さんが、1年でかなり変わった?

小島 そうですね、かなり変わったと思います。

ーー12月にはワンマンライブ「季節はずれのX’mas PARTY『のんびりサンタさんがやってきた』」を開催されます。3B juniorとしても、各ユニットとしても、方向性が出てきたタイミングだったかと思いますが、いかがでしたか?

小島 私が所属するユニット「マジェスティックセブン」のオリジナル曲「未知とのSo Good!」の初披露の日でした。曲が始まる前、ポーズを決めているのを見て、オリジナル曲をもらえたんだっていうのが会場に伝わって、泣いてるファンの人がいたのを覚えています。


PHOTO:笹森健一

ーーありがとうございます。デビュー1年目でたくさんのことを経験されてきましたが、2年目となる2016年はいかがでしょうか?1月には「俺の藤井2016 in さいたまスーパーアリーナ~Tynamite!!~」がありました。定例公演も開催しつつ、「3B junior セカンドツアー 関東平野」の開催、「3B junior ファースト・アルバム 2016」のリリース、12月にはロッカジャポニカが無期限武者修行入りとなり、3B juniorの活動から離れることになりました。

小島 一番はやっぱりロッカジャポニカの武者修行入りです。3B juniorのメンバーが減ることがすごく寂しかったです。お世話になってたお姉ちゃんたちで、たくさん可愛がってもらってたので。先にデビューに向けて旅立つ姿に、多少は羨ましいという感情もあったと思いますが、私もステップアップしていきたい、もっと頑張りたいという気持ちが芽生えた感じでした。

ーー2016年の公演で印象的なシーンを挙げるとすれば?

小島 「俺の藤井2016 in さいたまスーパーアリーナ~Tynamite!!~」は印象に残っています。さいたまスーパーアリーナという大きな会場で、グループ同士がパフォーマンスしてバトル方式で勝負する公演でした。3B juniorもグループ内での勝負事は多かったと思いますが、こんな大規模な会場での対決はなかなかないので、どのグループにも絶対勝ちたいという気持ちで、大きな拍手お願いしますと祈ってたのを覚えてますね。

ーー「勇気のシルエット」、「Stardust Fantasia」で見事に勝利されたり、「ひとつよろしくどうぞ」でももクロさんとも勝負されていましたね。

小島 私も楽しかったですし、ファンの人たちもすごく楽しめるイベントだったと思います。