3B juniorの活動終了とアメフラっシの結成

ーー2017年に入ると3B juniorは新体制になります。定例公演を重ねながら、EX THEATER ROPPONGIでワンマンライブ「3B junior 春の全力レビュー 2017 遥かなるアポロンの彼方へ」の開催、大規模アイドルフェスへの出演、「秋の収穫祭」を経て、12月の定例公演ではちみつロケットの無期限武者修行が発表された年でした。

小島 「3B junior 春の全力レビュー 2017 遥かなるアポロンの彼方へ」のライブはよく覚えています。EX THEATER ROPPONGIの広いステージに、大きな階段のセットを組んでもらって。階段を使ってのパフォーマンスは難しかったですが、公演のテーマ曲「星たちの饗宴(うたげ)〜アポロンと共に〜」も大好きで、披露できて嬉しかったです。

ーーグループ曲やユニット曲もありましたね。

小島 私は「バン・バン・バン」(ザ・スパイダース)のカバーをパフォーマンスしたのですが、オリジナル曲以外をやるのもすごく新鮮でした。少しだけハモリなどもあって初体験だったので、難しくて苦戦した記憶があります。


PHOTO:笹森健一

ーーももいろクローバーZ「ももクロ夏のバカ騒ぎ2017」の外周ステージで開催された「しがこうげんアイドルフェスティバル(SIF)」への出演を賭けた3B junior内のバトルを勝ち抜いたはちみつロケットが、12月に武者修行に出ることが発表されました。当時、はちみつロケットはどのように見えていましたか?

小島 マジェスティックセブンははちみつロケットと戦うことが多くて。今でも覚えているのは、綱引きで勝ったら衣装がもらえる企画があって。当時、マジェスティックセブンは衣装がなかったので、絶対に勝ちたいって思っていたのですが、残念ながら負けてしまい、本当に悔しかったです。

ーー先ほど話に出てきた「俺の藤井2016 in さいたまスーパーアリーナ~Tynamite!!~」などもそうですが、勝負事で切磋琢磨することは多かったんですね。

小島 そうですね。仲はいいけどしっかりと競い合う。スポーツのような感覚だったと思います。

ーー2018年は、3B juniorの活動終了と”アメフラっシ”の活動が開始される年です。まず3B juniorとして活動終了までの期間、印象的なことはありますか?新体制初のワンマンライブ「3B junior はじまRe:START?全く新しい3Bってこういうことさ!!?」、「スタプラ東京」、「夏S」など、様々なライブに出演されていますが、いかがでしょうか?

小島 西武ドームで開催された「夏S」 はスタプラの全アイドルが集結することもあり、かなり緊張していたのを覚えています。この日限定でユニットを組んで、オリジナル曲を披露したり。3B juniorとしては、ももクロさんの「DNA狂詩曲」をカバーさせてもらったんですが、その時に歌割りをもらえたことがすごく嬉しかったことを覚えています。

ーーそして10月にマジェスティックセブンを含む各ユニットの活動終了、11月の「Cell Division〜細胞分裂〜」公演をもって3B juniorが活動を休止、同時にアメフラっシが誕生しました。この時はどのような心境でしたか?

小島 3B juniorの終了とアメフラっシの誕生が同じ日だったので、準備期間もかなり大変でした。3B juniorの最後をすごく綺麗に、今までで一番かっこよく締めたいという思いもあったし、アメフラっシとしての初舞台でもあったので、どっちも失敗しないために、パニックになりそうなぐらい忙しかったです。


PHOTO:笹森健一

ーー感情的にはいかがでしたか?

小島 気持ちとしても、3B juniorが大好きだったので、終わってしまう悲しさがあった中、アメフラっシという3B juniorとは全く違うコンセプトで、曲調も違うグループにシフトチェンジするのも難しかったです。技術的な面でも、初めての歌い方とかダンスもあったり、大人数のグループから5人になることもプレッシャーでした。1ミリも気が抜けないというか、緊張感を感じる日々でした。

ーー3B juniorとして最後を締めくくってすぐにアメフラっシとして5人が登場。デビュー曲となる「ミクロコスモス・マクロコスモス」を初披露されました。お客さんにも相当なインパクトがあったと思いますが、ステージからはどのように見えていましたか?

小島 この日でアイドルを卒業するメンバーもいましたし、ファンの人たちも気持ちを切り替えられない方も多いと思っていました。私自身も余裕がなかったこともあって、とにかくパフォーマンスに集中して、頭は真っ白のまま終わったという感覚でした。

ーー衝撃的なパフォーマンスから活動が始まって、1週間後には2023年まで続く定例イベント「公開げいこ」が開始。12月には、下北沢GARDENにて初のワンマンライブ「アメフラっシのちょっと早い年越っシ」の開催と初のシングルCD「AMEFURASSHI LIMITED EDITION Vol.1」をリリース。お披露目から立て続けにイベントが開催されましたが、この時期はいかがでしたか?

小島 「公開げいこ」が始まったことはすごくありがたかったです。毎回、色んな方をゲストに招いて学ばせていただきました。12月の初ワンマンでは、”変幻自在”をコンセプトに、全員曲もあれば、2人の曲とか3人の曲とかがあって。楽曲の雰囲気もメンバーの組み合わせによって全然違ったので、ボイトレとかダンスでも毎回、新しいことにチャレンジしている感覚でした。とにかく追いつくことに必死でした。でもやっぱりライブはすごく楽しかったという思い出です。

ーー2019年に入ると毎月のように新曲をリリースし、公開げいこのような企画イベントも継続しながら、相当数のライブやフェスに出演されます。そんな中、12月にはメンバーの脱退があり、4人体制の初ワンマンもありました。1年とは思えないくらい色んなことがありましたが、振り返ってみていかがですか?

小島 本当にすごく濃い1年だったと思います。たくさんの楽曲をいただいてライブやフェスにも出演させてもらいましたし、ファンの人たちの熱量もすごくて。このまま一気に駆け上がっていくぞ、という気持ちで活動していたし、この5人なら出来ると思っていました。なので、4人体制になるときは正直、不安しかなかったです。今までずっと一緒に活動したメンバーが抜けること自体が悲しかったし、残った4人だけでやっていけるのかなって。

ーー5人体制ラストワンマンの翌日に、4人体制初のワンマン「なんだ神田アメフラ」を開催でした。

小島 4人体制になることでパフォーマンスの変更はもちろんですが、グループの中での役割も変わってきたので、そういった面でも不安は尽きませんでした。でもファンの人たちに、これまでとはまた違うアメフラっシを見せたいっていう気持ちもあって、ライブに挑みました。


PHOTO:笹森健一

ーー2020年に入ると、コロナ禍などもあり、活動自体が難しい時期もありました。一方で、インタビューなどでもターニングポイントだと話されることも多い「メタモルフォーズ」がリリースされます。小島さんからみて、この時期はいかがでしたか?

小島 私も「メタモルフォーズ」で一気にグループが変わったと感じました。ダンスも歌もこれまでと全然違ったし、EDMのような楽曲も新鮮でした。サビに歌がないので、この時間どうするんだろうとか。ダンスも難しくて、全然覚えられなかったので、先生にもすごい迷惑をかけたと思います。新しさに一つの方向性を感じながらも、できない自分に悔しさを感じている時期でした。

ーー歌唱面はいかがでしょうか?ダンスはもちろんですが、「メタモルフォーズ」以降、歌唱のスタイルも変わっていったように思います。

小島 自分で意図的に変えたという意識はあまりないですが、楽曲に合わせてレッスン内容も変わるので、とにかく先生に教えてもらったことを忠実にやることに集中していました。