アメフラっシの結成とメタモルフォーズで感じたターニングポイント

ーーそして2018年11月の「Cell Division〜細胞分裂〜」公演をもって3B juniorが活動休止、同時にアメフラっシが結成されます。ラストライブはどのような気持ちでしたか?

愛来 アメフラっシとしての活動開始日でもあったので、悲しい感情だけではなかったです。3B juniorでは、端っこでマイクもなかったところから、重要なポジションを任せていただくことまで経験させていただきました。メンバー、スタッフさん、そしてファンの皆さん、どれも全て大切な存在でしたが、アメフラっシが始まる日でもあって。悲しんでいる余裕もなくて、目の前のことを全力でやって置いていかれないようにすることで精一杯でした。

ーーアメフラっシの初パフォーマンスはどれくらいの期間で作ったのでしょうか?

愛来 1ヶ月あったかどうかですね。3B juniorのラストライブの準備もありましたので、3B juniorのリハを昼から夜までやって、アメフラっシは朝と夜の時間でやって。直前までかなり追い込みました。

ーー3B juniorのパフォーマンスが終わってアメフラっシが登場。披露してみていかがでしたか?

愛来 アメフラっシとして準備していたことはある程度はできたと思います。でもやっぱり、ファンの方からしたら、3B juniorの解散で悲しさがある中で、いきなり登場した新グループを受け入れるのは難しかったと思いますし、ステージを終えた時に受け入れてもらった感覚はなかったです。 すごくモヤモヤが残ったし、これから大丈夫かなという不安しかなかったです。少なくとも、その時点で良かったとは思えなかったです。

ーー短い期間で作り上げてパフォーマンスはしたけど、それが肯定的に返ってきたわけではなかった。

愛来 そうですね。私たちが一方的に押し付けたような感覚を持った方もいたかもしれません。

ーーワンマンライブ後すぐに「魂の公開げいこ」や下北沢GARDENにて初のワンマンライブ「アメフラっシのちょっと早い年越っシ」が開催されました。2019年に入っても毎月のようにリリースを重ね、グループが一気に出来上がっていきます。そして12月には4人体制に変更。この時期には、どのように感じていましたか?

愛来 3B juniorの時とは考えられないぐらい目まぐるしく物事が進んでいきました。どんどん次の予定が決まって、嬉しかった気持ちと、それに追いつけない自分もいました。当時は、変幻自在がコンセプトだったので、いろんな見せ方に挑戦しましたが、アメフラっシをどう見せるのが一番いいのか、わからなくなっていた時期でもありました。私たちがそう感じていたからこそ、ファンの方もどう応援したらいいのかわからなかったと思います。

ーー試行錯誤の時期だったんですね。

愛来 そうですね。新しいことにチャレンジしても、新しいファンの方が増えていくわけでもなかったです。もちろん3B juniorの時からついてきてくださる方もいるので、ゼロからのスタートではなかったですが、集客面はかなり難しかったです。走っているのに、ずっと同じ場所で立ち止まっていたイメージです。

ーーそして活動開始からちょうど1年後、2019年12月に5人から4人体制へ。この時はどのように感じましたか?

愛来 5人から4人になってパフォーマンスへの影響は大きかったです。 それに加えて、4人にはないキャラクターを持っていたので、ぶつかることも多かったんですけど、助けられたところはたくさんありました。残った4人は飛び抜けていることがあるわけでもなかったので、パフォーマンスでもキャラでも、不安要素はたくさんありました。 でも3B juniorの時から仲が良かった4人ではあったので、息は揃っていたというか雰囲気は合っていました。

ーー5人でラストワンマンをした翌日に4人体制のワンマンでしたね。

愛来 これも大変でした。5人でのラストライブが終わった後、会場の倉庫を借りて夜までリハーサルをしたのを覚えています。でも、その泥臭さというか、ひたむきに取り組んだことは、今、振り返るとすごくいい経験でした。

ーー2020年に入るとコロナ禍もあり、活動が難しい時期が続きます。それでもワンマンライブやリリースを重ね、全員が活動のターニングポイントになったという「メタモルフォーズ」をリリースします。愛来さんにとって「メタモルフォーズ」はどんな楽曲ですか?

愛来 「メタモルフォーズ」を初めて聴いた時に、嬉しくて泣いたのを覚えています。 当時、BLACKPINKさんが世界を席巻している時で、私もかっこいい音楽をやりたいと思っていました。これまでアメフラっシにはなかったEDM系の楽曲で、かっこいい私たちを魅せられると思うと、心から嬉しかったです。「メタモルフォーズ」をきっかけに、歌もダンスへの向き合い方も変わりました。