家族だけを映していれば、他者の言葉はなくても大丈夫だと信じていた
――改めて家族を撮ることになった経緯を教えてください。
安楽 隆一は幼馴染の親友で、いつも連絡を取り合っていたんですが、珀久が生まれた直後くらいから、しばらく連絡が途絶えたんです。隆一は茨城に住んでいて距離もあったし、会うこともできなかったんですよね。久々に僕から、主催するイベントに出てもらうために電話をしたら、珀久がメンケス病(※様々な体の仕組みに関わる「銅」が欠乏する先天性代謝異常症で、発症率は男児出生で12万人に1人の指定難病。神経症状、血管の蛇行、骨折などをきたし、多くの患者は治療を行わないと3歳頃までに膀胱破裂や感染症などで亡くなると言われている。現在、根本的な治療法はない)という病気になったと伝えてくれたんです。
――その時は報告だけですか。
安楽 そうです。初めて聞く病名でしたし、どんな声をかけていいかも分からない。近くに住んでいるわけでもないから自分には何もできることがないなと思いながら時間が過ぎて。ある日、隆一から連絡があって、僕らの地元である「西葛西に行くから会おう」と。久々に会うから照れ隠しもあり、僕はカメラを持って、いつものふざけたノリで会いに行ったんです。それで隆一の車に乗せてもらって、地元の土手に連れて行ってもらって。そこで隆一が、「いろんなことがあったし、辛いこともたくさんあったんだけど、今は幸せに暮らしているし、息子のことを誰よりも可愛いと思っている。だから朱香とも話して、家族の姿をあんぼう(安楽)に撮ってほしい」と言われたんです。メンケス病は情報の少ない病気だから、不特定多数に発信できるといいなという思いもあると言っていました。

――映画の中で、夫婦仲が悪くなることは一切なかったですし、お互いがお互いに優しく寄り添っているのが印象的でした。
安楽 実際、本当になかったんですよ。少なくとも僕が知っている限りは、口論になることすら一切なかった。もともと隆一は相当尖っていて、周りを振り回してしまうタイプ。自分の思うままに生きていた自由人で自己中な奴だったんです。結婚前は、よく朱香さんともケンカをしていました。でも家族を撮ることになって、撮影初日に茨城の家に行って、隆一の姿を見て感動しました。あの隆一が掃除をしているとか、飯を食ったら積極的に片付けているとか(笑)。本人にもよく言うんですが、本当に丸くなりました。
――それは意外です。終始、柔和な人という印象でした。顔つきも変わったのでしょうか。
安楽 かなり変わりました。昔から隆一を知っている人が見たら、絶対に驚くと思います。朱香さんも昔から明るい人だったんですが、どちらかというと隆一と同じで短気なイメージでした。今は愛情の塊ですよね。珀久といる時間が誰よりも長いので、ケアのやり方が違う時は注意をしますが、隆一も素直に言うことを聞きますし、怒りを向け合うような瞬間は一度も見ていないです。たまたま一昨日も会いに行ったんですが、相変わらず仲が良いんですよ。印象的だったのは、僕が朱香さんと話していると、隆一が朱香さんの顔ばかり見ているんです。家族でいる時間が長いから、他の人と朱香さんが話しているのが面白いらしいんです。
――隆一さんが仕事をしている姿が出てこないのは意図的ですか。
安楽 家族を撮るなら、全員が揃う土日だろうと。隆一は造園業をしていて、土曜も出勤することがあるから、カメラを回すのは日曜が多かったんです。最初から3人が揃わない時間は撮らないようにしようと思っていて、自然と家族の時間を中心に撮ることにつながっていったんです。ただ撮影が進んでいくと、隆一の仕事場を撮ろうとか、珀久が通う病院も撮れたほうがいいかと、いろんな話が出てきて、各所の許可取りもしたんです。隆一が仕事に行く姿も撮ってはいたんですが、結局は使いませんでした。
――なぜでしょうか。
安楽 飼い猫のフィガロも含めて、家族一人ひとりを撮りたかったんです。たとえば隆一が職場で働いている姿を入れることで、片方だけが働いているというイメージがついてしまうのが怖かったんですよね。朱香さんは四六時中、家にいて、一生懸命、楽しそうに珀久のお世話をして過ごしている。隆一も職場から帰宅して、珀久のお世話をして、寝る時間は朱香さんと一緒。それによって、隆一だけが働いて、朱香さんは働いていないみたいな見え方はされたくなかったんです。逆もしかりで、朱香さんと珀久が二人きりで過ごしている姿も撮ったんですが、それもばっさり切っています。やっぱり家族3人の映画なんですよね。それは僕自身が結婚して、子どもができたのも大きかったかもしれない。正直、僕は仕事よりも、家で子育てをしているほうが大変だなと感じます。だから、夫婦のどちらかが大変だというふうに偏らないように意識しました。

――家族の経済面についても説明していないですよね。
安楽 自分も働いているから、経済は大事だって分かるんです。でも、この家族のどの感情を描くかと考えたら、愛情だと思ったんですよね。経済の話、医者との話、夫婦の親がどう思ったかなどの要素があると、ちょっとだけ疑いを持つ可能性があるというか。愛情の純粋さみたいなものが少し変わる気がして、そこは削ぎ落しました。家族の経済面を入れると、経済でものを見てしまう危険性もあるなと思ったんですよね。
――確かに夫婦の親や医師も画面には出てきますが、具体的な会話は切り取っていないですよね。
安楽 撮れてはいるんです。たとえば朱香さんのお父さんと2人で車に乗ったことがあって、いろいろ正直な気持ちを話してくれましたし、すごく理解できる話だったんです。ただ、それは隆一、朱香さん、珀久の話ではなくて、外から家族を見た人の話なんですよね。もちろん両家の両親は、めちゃくちゃ二人を支えてくれているんです。でも、隆一と朱香さんは二人だけで辛いところを乗り越えてきたわけだから、それ以外の視点が入ってしまうと、家族の映画にならなくなってしまう。家族だけを映していれば、他者の言葉はなくても大丈夫だと信じていました。
