母親の朱香さんが辛い時に綴った日記の文字から活力を感じた

――映画の後半で、珀久くんは喉の切開手術を受けることになります。手術当日、家族がいない病院外の風景が不意打ちのように映し出されます。

安楽 あの時間は記憶が曖昧なんです。隆一たちが手術室に入っていって、僕一人になって、すごく不安になっていたんですよね。実はその前に、車で病院に向かう隆一を撮るためにカメラを回していたんですが、僕のミスで、病院に入る瞬間を撮れていなかったんです。それに気づいて隆一を呼び止めて、もう一回、病院に入ってもらってカメラを回したんですが、ひどい素材で……。映画のために隆一を呼び止めて、少しでも演出が入ってしまったことに落ち込んでしまったんです。それで病院から外に出て、ふらふらしながらカメラを回していたらしいんですが、無意識だったので何を撮ったかは全く記憶になくて。その後、懇意にしてもらっている映画監督の杉田協士さんに編集ラッシュを見ていただいた時に、「二人が病院に入った後、安楽さんはどこにいたんですか?」と聞かれたんです。「外にいました」と答えたら、「安楽さんがどこにいるか気になった」と。それで探してみたら、窓越しに病院を撮ったり、外を歩きながらカメラを回したりしている素材があったので、本編に入れることにしたんです。

――撮影に区切りをつけようと思ったのは、どの瞬間だったのでしょうか。

安楽 手術が終わって、しばらく経って、いつものようにカメラを回していたら、たまたま珀久が声を発して、その瞬間ですね。

――映画のラスト近くに出てくるシーンですね。

安楽 そうです。その前から、手術が成功して、家族の新しい生活が始まって。日常的に珀久を散歩に連れて行けるようになって、空気の流れ方が変わったんですよね。ちょっとだけ距離ができているのを感じたというか、それこそ僕の存在が空気ではなく、親友を招いて一緒にご飯を食べているような感覚がありました。僕自身、珀久の病状が比較的安定して、ただただ夫婦が楽しそうにしているのがうれしくて、撮り方も変わってきたんです。それこそ家族が散歩する時に、先回りしてカメラを回すこともありました。

――カメラを回す前の関係性に戻ったということでしょうか。

安楽 まさしくそうです。それで終わる可能性を感じてはいたんですが、ここから1年続いてもいいかなという気持ちもあって。そしたら、なんとなく回していたカメラに珀久が声を発して、隆一が大喜びする瞬間が映っていて。これで編集したほうがいいと思って、その日帰る時に「編集しようと思う」と二人に伝えて、次の日から編集を始めました。このまま撮り続けても、これ以上のことを僕が撮ることはないなと感じたんですよね。

――映画の後半で、珀久くんが生まれてから数カ月の間、朱香さんが心の葛藤を綴った日記の一部が映し出されます。

安楽 編集すると伝えた日に、朱香さんが預けてくれたんです。その前から日記の存在は聞かせてもらっていたんですが、僕から見せてほしいと言ったこともありませんでした。でも、「私が持っていても困るから」と手渡されて、帰って読んでみたら、1ページにものすごい量の文字が綴られていて、読むだけで数日かかりました。いろんなことが書いてあって、ネガティブなワードもたくさんあったんですが、そういう部分は抜粋しませんでした。映画に使ったのはごく一部ですが、当時の3人のことを全く知らない僕が読んでも、朱香さんが考えていたことが生々しく想像できるんです。それくらい文字から活力を感じました。今も大事に僕の机に置いてあります。

――特に編集作業で意識したことはなんですか。

安楽 家族に抱いた感動を誇張しないこと、感動を喚起するために時間軸を入れ替えないことです。114時間ほどの素材を101分にまとめたんですが、時間軸を入れ替えたら、もっと劇的にできると思うんです。試しにやってみたこともあったんですが、やっぱり違うんですよ。どうしても作られた物語になってしまう。この出来事を経たから、この顔があるみたいな感じで、日々の感動が連なっていくんです。もちろん時間軸を入れ替えるドキュメンタリーを否定するわけではないんですが、この映画に関しては家族の日々の記録であり、家族に起きたことを順々につないでいけば、映画になると信じていました。

――感傷的に仕上げないことで、より家族の姿が輝いているなと感じました。

安楽 感傷に浸らせようと思えば、もっと浸らせられたとは思うんです。例えば手術が終わった後、もっと感傷的にしようと思えばできたと思うんですが、瞬間瞬間に3人が輝いているところをつないでいくことを意識しての編集だったので、説明する必要がないという確信がありました。

――完成した映画を観た時の、夫婦の反応はいかがでしたか。

安楽 朱香さんはずっと泣いていたみたいですが、隆一は「あんぼうに撮ってもらってよかった」と言ってくれました。彼らの満足なしではスタートできない映画ですから、観てもらう時に一番緊張する相手でしたね。

――映画のあらすじだけを聞くと、難病ものと捉える人も多いかと思います。

安楽 メンケス病を抱えた珀久と、その両親を撮っているわけですから、避けられない問題ではあります。でも難病を売りにしている映画ではないので、そういうつもりで来ると肩透かしだと思うんです。笑えるシーンもあるし、隆一と朱香さんと一緒に笑いながら観た日もあったし。変に構えずに観てもらいたいのが一番の気持ちですし、二人もそれを望んでいると思います。もちろん泣いていただくのもうれしい反応ですが、泣かせようと思って作ったわけではないので、フラットに楽しんでほしいですね。

Information

『ライフテープ』
ユーロスペース(東京)で好評公開中
4月3日(金)より京都シネマ、4月4日(土)より横浜シネマリン、第七藝術劇場(大阪)など、全国順次公開

出演:隆一 朱香 珀久 フィガロ
監督・撮影・編集:安楽涼
プロデューサー:大島新 前田亜紀
音楽:RYUICHI(EP「LIFE TAPE」より)
製作:すねかじりSTUDIO
制作協力:ネツゲン
配給:東風
©『ライフテープ』製作委員会

「かわいい~♡」もちりとした白い肌に何度も頬をすりよせる朱香。家族の未来を想い、音楽制作やダンスに取り組むアーティストの隆一。ふたりには珀久が生まれたばかり。3人と猫のフィガロの暮らしには笑顔が絶えない。珀久は、約12万人にひとりという「メンケス病」を抱えている。銅の欠乏により様々な健康問題が生じる指定難病だ。出産から診断までの日記には現実をなんとか受け止めようとするふたりの切実な言葉がありのままに綴られていた。「あのときは、支えがお互いしかなかったよね」。逃げ場のない孤独と不安に向き合いつづけ、ここまで紡いできた日常——そうして家族は、珀久の喉の切開手術という大きな決断のときを迎えようとしていた。

公式サイト
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安楽涼

1991年6月1日生まれ。東京都江戸川区西葛西出身。アーティストのRYUICHIに勧められ、18歳の時に役者としてキャリアをスタートし、自主映画などに出演。2016年、自分が出演したいがために映画制作を始める。役者をやめるか悩んでいた時期に1人で撮った短編映画『弱者よ踊れ』(16)がながおか映画祭で審査員特別賞を受賞、下北沢映画祭など多数の映画祭に入選。その後、劇場監督デビュー作『1人のダンス』(19)を制作。『追い風』(20)、『夢半ば』(22)と地元の友人たちとの実話をベースに映画を制作、劇場公開。2021年、神戸のミニシアター・元町映画館の開館10周年記念映画として『まっぱだか』(21/共同監督・片山享)を監督。初のドキュメンタリー映画『ライフテープ』(25)が第16回 座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル・コンペティション部門入賞。地元西葛西のしゃぶしゃぶ屋の閉店までの3週間を追った『街の風』を制作、山形国際ドキュメンタリー映画祭2025「ヤマガタ・ラフカット!」に参加。 安楽が代表を務め、ラッパーDEGとともに映像制作ユニット「すねかじりSTUDIO」としても活動。映画やMVの制作を行う。俳優としては『恋愛依存症の女』(18/木村聡志監督)、『轟音』(20/片山享監督)、『春原さんのうた』(22/杉田協士監督)、『彼方のうた』(24/杉田協士監督)、『サーチライト-遊星散歩-』(23/平波亘監督)、『スミコ22』(24/福岡佐和子監督)、『話したりない夜の果て Days gone by』(25/上村奈帆監督)などに出演。

INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI