世の中から、こういう映画が消えないでほしい
――武井監督の演出の印象はいかがでしたか。
水上 武井さん自身が、ちゃんと夛田になっていたんです。武井さんが一番、夛田だったんじゃないかなと思います。

――武井監督自身が夛田に似ていたということですか。
水上 ずっと迷っていらっしゃったんです。この映画が商業デビュー作ですし、プレッシャーとか、いろんな要因でそういう状態になられていたんだと思います。たとえばカットがかかって、しばらく考える時間があって、そこからタッタッタッと近づいてきて、言葉にならない言葉を出される。「どういうことですか?」と聞き返すこともありました。世の中には、経験を積んで多くの作品を手掛けている監督がたくさんいらっしゃいます。でも自戒も含めて、経験がむしろ邪魔になって、良くない方向に行ってしまう人間も多いと思うんです。武井さんはそうではなくて、常に自分を疑い、「監督はOKなの?NGなの?どっち?」というみんなからの視線を全身で受け止めながら、最善のものを作ろうとされていた。そのプレッシャーからは、誰も救ってあげられないんですよね。武井さんはそういうものと、ずっと戦い続けていたんです。その一途さは夛田に通じるものがありました。それだけ一生懸命な方だったので、信頼できたんです。
――大勢の人を動かすというのは、想像もつかないプレッシャーですよね。
水上 他の部署の方々にもそれぞれ苦労がありますから、監督が一番大変とは言いませんが、監督って不思議な職業だと思います。

――クライマックスの夛田については、どう感じましたか。
水上 正直、ラストカットは、あれが正しかったのだろうかと感じるところもありますし、改めて武井さんと直接お話ししたいところです。ただ、作品は監督のものなので、あくまで僕個人の見方です。役者はみんなそういう思いを持っていますからね。それでも、最後の最後の滑稽さは大好きです。あのシーンにはエキストラの方々がたくさん出演されていて、皆さんがいなければ成り立たなかったので、心から感謝を申し上げたいです。
――完成した映画を観た時の感想はいかがでしたか。
水上 笑いました。ただただ面白かったです。小規模でもいいから、世の中から、こういう映画が消えないでほしいと切に願います。Maika Loubtéさんの手掛けた音楽もめちゃめちゃかっこよかったので、ぜひ劇場で堪能してほしいです。
Information
『本当にあった話(の話)』
2026年10月2日(金)よりテアトル新宿 ほか 全国ロードショー
出演:⽔上恒司 ⿊⽊華 ⼭下美⽉ / ⼩池栄⼦ /佐々⽊蔵之介
監督:武井佑吏
原作:鴻池留⾐『本当にあった話(の話)』(⽂藝春秋)
配給:東京テアトル
Ⓒ鴻池留⾐/⽂藝春秋 /2026「本当にあった話(の話)」製作委員会
今から数十年前に起きた衝撃的な事件。夫を殺害し、戸籍を引き継いだ男と夫婦生活を送る女が、新しい男と結ばれるためさらに殺人を繰り返した〈配偶者入れ替え連続殺人事件〉は、世間を震撼させた――。そんな実話にもとづく舞台劇の制作が決まり、殺害される主人公役に抜擢されたのは、演技経験のない夛田(ただ)だった。しかし役柄に自分の経験を重ね、深くのめり込んでいった夛田は、やがて虚構と現実の境界を見失い、ついに演じる人物と一体化してしまう。そして夛田の妄想は、舞台の関係者たちを巻き込み、すべてをぶち壊しにする。「おかしいのはお前たちだ! 僕は本当のことを言っているだけだ!」。舞台の本番が間近に迫る中、夛田は制御不能に陥り、物語は予期せぬラストへ。何が本当で、何が嘘なのか?虚実が混ざり合う、恐ろしくも滑稽な舞台の幕が、今切って落とされる。
⽔上恒司
1999年5月12日生まれ。福岡県出身。TVドラマ「中学聖日記」(18/TBS)にて初主演、俳優デビュー。同作で大きな話題を獲得し、翌年には写真集「鼓動」が発売されるなどデビューまもなくから注目を集めた。映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら』(23/成田洋一監督)にて、第47回日本アカデミー賞・優秀主演男優賞を受賞している。主な出演作品には、大河ドラマ「青天を衝け」(21/NHK)『本心』(24/石井裕也監督)、「シナントロープ」(25/TX)、『TOKYO BURST-犯罪都市–』(26/内田英治監督)、Prime Original ドラマ「犯罪者」(26/Prime Video)などがある。
PHOTOGRAPHER:HIROKAZU NISHIMURA,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI
