稲葉友くんのおかげで、自然に嘘なく演じることができた

――ながちんを演じた稲葉さんとの阿吽の呼吸が心地よかったです。

橋本 掛け合いが多いので、テンポ感は意識しました。基本的に順撮りだったので、移動しながらの合間合間で、どちらかがセリフを言うと、二人のシーンの練習が始まって。そういう掛け合いの練習を本番以外でも重ねていました。

――特に印象的なシーンを教えてください。

橋本 僕の中で鬼門というか、実際に撮影するまで全然イメージできなかったシーンがあって。ながちんが好きな女の子に告白した後、とある理由で逃げ出して、落ち込んで路地裏にしゃがみ込んでいるところに、ちばしんが話しかける長回しのワンシーン・ワンカットがあるんです。そのシーンは字面で読んでも、リハーサルをしても、どういうテンションでセリフを言えばいいのか分からなくて……。そのロケ地に行ったら、もう時間もなくて、日の関係もあるから、段取りをやったら、テストなしで、一発本番で撮らないと撮りきれないかもしれないという状況になったんです。その勢いもあったと思うんですけど、キャスト二人とスタッフさん含めて、確認し合った訳でもないのに、「いい画が撮れた!」という瞬間があって。そのシーンを撮ったときに、この作品は最後まで上手くいくという確信めいたものがあったので、鮮明に覚えています。

――なぜ本番まで迷いがあったのでしょうか。

橋本 ながちんが落ち込んでしまったのでパニックになりながらも、割とちばしんは確信めいたことを言う。でも、ながちんの気持ちを持ち上げなきゃいけなかったりして、そんな複雑な気持ちを長いセリフで、テンポ感のある中で言わなきゃいけない。どう伝えればいいのかで悩んだんですけど、実際にながちんの落ち込んだ顔を見ていると、すんなり入れたんですよね。

――稲葉さんとの共演は2013年に出演した舞台「飛龍伝」以来10年ぶりだったそうですね。

橋本 共演はそうですが、合間合間にお互いの舞台や作品を観たり、食事に行ったりはあったので、そんなに久々感はなかったんですけど、ここまで密に共演したのは初めてです。

――久しぶりに共演してみて、改めてどんな俳優さんだと感じましたか。

橋本 彼は本当に優しいんですよ。芝居もきっちり合わせてくださるし、気遣いの人。ながちんって破天荒な部分も多いんですけど、そういった部分を出しながらも、ちばしんの一挙手一投足、反応を見ながら投げる球を変えてくるような、そういう感覚的な部分は本当に素敵だなと思って。彼の持ってくるものに僕は純粋に乗っていくだけだったので、稲葉くんじゃなかったら、あのちばしん像はできなかったんじゃないかと思うぐらい、一緒にいて自然に嘘なくできました。

――猪股監督の演出はいかがでしたか。

橋本 全部認めてくださるんですよね。役者さんがどんな芝居をしようが、それでいいですと認めた上で、徐々にディレクションをしていくというか。役者さんそれぞれが本来持っている良さを抽出しながら、監督の目指すべきレールにそっと乗せてくれるんです。監督自身が優しいんですよね。上からタクトを振るんじゃなくて、横で一緒に同じ方向を見ながらディレクションしていくというスタイル。だから、みんな変なキャラクターなんですけど、無理がないというか、そこにリアルが損なわれなかった大きな理由があった気がします。

――『よっす、おまたせ、じゃあまたね。』は優しい感触の映画ですが、監督の人柄が出ているんでしょうね。

橋本 それはあると思います。脚本がそうでしたし、監督自身が人を傷つけることに対してすごく敏感になってるんだろうなというぐらい、人が受け入れる度合いが誰よりも大きくて、深度が深くて、誰でも迎え入れてくれるような優しさを感じました。おそらく監督は、いっぱい傷ついてきたと思うんです。人に優しくできる人は、それだけ傷ついてる部分があるので、そんな人が撮っている映画だよなって完成した作品を観たときに感じました。あんなに変なシーンの連続だったのに、最後に「あれ?俺は人に対して優しくできてるのかな?」って自分に返ってくるものが多かったんですよね。そう思わせてくれる映画って最近観てなかったなって。SFだったりファンタジーだったりドラマだったり、ちょっとしたアクションもあったり。ジャンルレスで、たくさんの要素があるのに、最後はヒューマンドラマ的にほっこりさせるというのは、監督の人となりがよく出てるからなのかもしれません。