自分の感情を出せる唯一の場所が芝居だった

――キャリアについてお伺いします。いつ頃から俳優になりたいと思うようになったのでしょうか。

橋本 中学生の頃、「僕は、普通に企業で勤めることができるのかな」「ずっと同じコミュニティの中に入って、同じ人たちと接することは苦手なんじゃないかな」って思っていたんです。学校行事なんかは好きだったんですけど、人付き合いや、右向け右がそこまで得意じゃなくて。そんなときにテレビドラマを見始めて、こういう職業もあるんだとお芝居に触れたことがきっかけで、高校生のときに事務所のオーディションを何社か受けさせてもらいました。その時点では、演技をやりたいとかではなく、自分が経験したことのない職業だったので、怖いもの見たさで履歴書を送ったところもあります。そしたら今の事務所がピックしてくれて、この世界に入りました。

――実際に演技レッスンを受けて、どんなお気持ちでしたか。

橋本 それまで、自分に蓋をしてしまう感情がすごく多かったんです。喜びの感情は表に出せるんですけど、怒るとか泣くとか、それ以外の感情を人前で出すのは恥ずべきことだって、どこかで思い込んでいたんですよね。それが演技では、こんなに自分を開放していいんだと思えたんです。自分の感情を出せる唯一の場所が芝居でしたし、僕にとって精神安定になっていたところもありました。

――俳優デビューの翌年に『魔法戦隊マジレンジャー』(テレビ朝日系)でドラマ初主演・初レギュラー出演という大役を任されます。

橋本 正直、当時は大役がどうとかも考えられずに巻き込まれるような感覚で、そういう流れに乗ってしまったので、自分ができてないことすらも分からなかったんです。朝4時に起きて、撮影所に5時に入って、6時から撮影してっていうのが1年ぐらい続いて、やるだけで必死でした。演技というものがどんなものなのか分からずにスタートしたので、あんな怖い状況でよくやれていたなと思います。ただ台風のように巻き込まれながらできた演技って、あのときしかできないものだから良かったですね。

――1年という長期間、同じメインキャストとスタッフで作品を作るなんて、なかなかない経験ですよね。

橋本 しかも16ミリフィルムで撮れたんです。おそらく僕ら世代が最後なんですけど、今思うと怖いですよね。ビデオのように何度も撮り直しができないですから。録音部もいなくてオールアフレコだったし、9メートルの高さから落っこちるアクションもあったし。今ではできない経験をいろいろさせていただいたので、自分の基盤になっています。

――ずっと俳優でやっていこうという決意はどのぐらいに生まれましたか。

橋本 同級生たちが社会に出始めた22歳ぐらいのときです。僕は大学に行かなかったんですが、20歳を超えたあたりから、この世界でやっていこうと思うようになって、芝居の難しさだったり、面白さだったりを、ちゃんと考え出したのが22歳ぐらい。日常生活も、どこかで芝居の糧になるんじゃないかという生き方を考え始めて、そこら辺から仕事に対する意識も変わっていって。それまでは部活のような感覚で、楽しいだけで突っ走っていた部分があるんです。それぐらいの時期から壁にぶち当たることも多くなりました。

――壁というのは具体的にどういうものだったのでしょうか。

橋本 それまでは感情だけで突っ走っていたんです。感情の流れさえ合っていれば正解なんだろうと思い込んでいた時期があったんですけど、そうじゃない。そこに到達するためには、技術的なものも乗っからなきゃいけない。僕は主に演劇で育ってきましたが、お芝居の中で実際に泣いても、それだけではお客さんに伝わらないんです。お客様を泣かせるためには、どういう体の状態・角度がいいのか、お客さんがリアルを感じるにはどうしたらいいのか。そうした技術力の価値観が変わったのが25、26歳ぐらいのときで。僕が思っているリアルを表現しても、第三者の目から見たらリアルではないという齟齬をどう埋めていくのか。感情だけじゃなくてテクニックをどうつければいいんだろうと考えて、そこから演技スタイルも変わりました。

――どういうときに俳優としてのやりがいを感じますか。

橋本 結局、人との出会いかなと思うんですよね。自分たちが作った作品に出会ってくれたお客さんもそうですし、ここまで幅広い年代、いろんな価値観を持った人たちが集まって、一つの作品を作るという不思議な体験を毎回できるのは、この職業の特権だと思うんです。いい大人たちが小さなことまでこだわって、細かい積み重ねをして、一生懸命やっているのは、かけがえのない時間です。本当につらいことが多いんですけど、みんなで「いいシーンが撮れたね」という達成感を味わうと、なかなかやめられない。それを一度でも味わうと、作ってる段階がいくらしんどくても頑張れるんです。

Information

『よっす、おまたせ、じゃあまたね。』
2023年6月16日~6月22日まで、渋谷シネクイントで一週間限定レイトショー
2023年6月23日より全国順次公開

監督・脚本:猪股和磨
出演:橋本淳、稲葉友、安倍乙、森高愛、マメ山田、入江雅人、千葉雅子、中村まこと
配給:SPOTTED PRODUCTIONS

30歳を過ぎて家に引きこもりゲームばかりやっている青年・ちばしん(橋本淳)。ある日突然、目の前に現れた小学生時代の友人・ながちん(稲葉友)。彼に引っ張られて、理由も分からず彼の思い出の地を廻ることになり、ちばしんは戸惑いながらも車を走らせるが……。

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橋本淳

1987年1月14日生まれ。東京都出身。2004年にフジテレビ「WATER BOYS2」でデビュー。2008年、NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」でヒロインの弟・正平役を務める。近年の出演作は、NHK「きれいのくに」、TBS「#家族募集します」、NHK「ももさんと7人のパパゲーノ」、 東海テレビ・フジテレビ「三千円の使いかた」、Netflix「ヒヤマケンタロウの妊娠」、映画『イチケイのカラス』、舞台「サンソン -ルイ16世の首を刎ねた男-」「ザ・ドクター」「もはやしずか」「温暖化の秋 -hot autumn-」など。

PHOTOGRAPHER:YUTA KONO,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI