『鉄鼠の檻』は人間の業が溢れているお話

――21年に上演した『魍魎の匣』に引き続き、『鉄鼠の檻』で主人公・中禅寺秋彦を演じます。京極夏彦先生の「百鬼夜行シリーズ」をミュージカル化するという斬新な試みですが、前作を振り返っていただけますか。

小西遼生(以下、小西) 最初に『魍魎の匣』をやると聞いたときは、完成の絵が全く想像できなくて、この作品を成立させるのは難しいことだし、全く新しいものを作るんだと感じました。稽古期間は約一か月あったんですが、台本を読み込んでいくうちに、分厚い原作をコンパクトにまとめる苦労を感じましたし、演出の板垣(恭一)さんを筆頭に悩みつつ、みんなで作り上げていったので、その分、出来上がったときの喜びが大きかったです。お客さんの反応も良くて、楽しんでいるのが伝わってきたので、新しいミュージカルができたという達成感がありました。

――初めて『魍魎の匣』の台本を読んだときの印象はいかがでしたか。

小西 中禅寺は自分が出ないところも含めて全てを網羅して、それを言葉にして、ちゃんと順序立てて憑き物を落とすという役なので、僕自身も勉強が必要だなと。お客さんが事前に勉強しなくても、この物語を楽しんでもらえるようにしなきゃいけないという大変な義務感を持ちました。台本に書かれていないものも要点を抜き取ってやらなきゃいけない作品なので、ある言葉から次の言葉に繋がるまでにはどれだけのものがあるのかを一発で感じさせないといけない。初めて台本を読んだときは大変だなと思ったんですが、それを作っていく過程は面白かったですね。

――中禅寺は理路整然と道筋を示す役割を担いますが、どんなことを意識して本番に臨みましたか。

小西 京極先生の作品は一見するととっつきにくいですが、読み始めると知識欲を満たしてくれて、小説としても分かりやすいんですよね。この作品に出てくる名ゼリフで「この世には不思議なものなど何一つないので」というのがあります。妖怪などを扱っていて、いわゆる超常的な現象も起きますが、紐解いてみれば、こういうことがあったからこうなんだと、ちゃんと筋道を立てて教えてくれつつ、一方で本当に不思議なこともあるんだよという面白さも残している。決して分かりやすい作品ではないかもしれないけど、入り込んでしまえば自然と集中して没頭できる。その面白さは舞台でも見せたいというのがありました。

――『魍魎の匣』を終えた時点で、続編の可能性は感じていましたか。

小西 「百鬼夜行シリーズ」をやらせてもらえると決まった時点で、板垣さんが続編ありきで考えているだろうなと勝手に思っていました(笑)。板垣さんはそういう人ですから。京極先生は作品を「自由にしていいよ」と言ってくださる方です。だからこそ『魍魎の匣』もメディアミックスで映画やマンガにもなっている。逆に板垣さんはミュージカルにするにあたって、実はほとんど原作を変えていないんです。おそらく板垣さんは、なるべく原作のテイストを残しつつ、上手い加減のところを縫っていく楽しさを最初から気付いていたと思うんです。だから演じている僕も、絶対に「百鬼夜行シリーズ」の続編を狙っているだろうと思いました。実際、「次もやりたいね」という話もありましたね。その延長で、再演をやるのか、新作をやるのかみたいな話をしていたとき、「もしやるならどっち?」と聞かれて、僕は無謀にも「同時にやりませんか?」と言った覚えがあります。さすがにそうはならなかったですけど(笑)。

――第2弾として『鉄鼠の檻』をやると聞いたときは、どう思いましたか。

小西 原作を知っている方からしたら、『鉄鼠の檻』をミュージカル化することに驚いていると思うんです。『姑獲鳥の夏』と『魍魎の匣』はメディアミックスを行っていますが、『鉄鼠の檻』はコミカライズだけですから。僕自身、今回やると決まって原作を読んだときに、『魍魎の匣』のときとは全然違うレベルで、この原作は本当にミュージカル化できるのかと思いました。

――なぜそう思ったのでしょう。

小西 この作品で扱っている“禅”は日本人の魂ですが、ほとんどの日本人は知らないと思うんです。仏門が難しい上に、禅宗という宗派の難しさもあります。それに禅は難解な言葉が多くて、四字熟語が多く出てくるんですが、パッと聞いただけでは「何それ?」というようなことがいっぱいある。その文字の羅列も本で読むには面白いんです。読み終わった後は、禅のことを理解したような知識欲を得られますから。でも、それをミュージカルで3時間かけてやるにはどうすればいいんだろうと今も悩み続けています。稽古を重ねるうちに演じる側としては面白くなっていますが、客観的に見たときに、お客さんに伝えるものとしてどうなんだろうと。知識欲をかきたてるような作品にしたいけど、そこが主たるものではなくて。あくまで舞台は人の心を動かすものというのが大前提にあります。そういった深いことを考えなくても、登場人物一人ひとりに魅力があって楽しいですけどね。たくさんのお坊さんが出てくるんですが、それを紐解いていくと、人間の業が溢れているお話になっていて面白いです。ただ、そこまで持っていく過程が難しいですね。