『i ai』の世界が嘘だとは1ミリも思わなかった

――コウはヒー兄の危険な魅力に惹かれますが、ご自身が十代だった頃と比較して、理解できる部分はありますか。

富田 この業界はいろんなセンスや感受性を持っている方が多いので、感覚が鋭い人に魅せられる気持ちは分かります。だからといって、それを羨むのもちょっと違うなと今は感じていて。僕自身が表現者として伝えていけない職業だから、学生時代の「なんかあの人かっこいい」みたいな羨望の眼差しはなくなったと思います。

――富田さんはモデルとしてキャリアをスタートさせますが、お芝居に強く興味を持ったのはいつ頃ですか。

富田 俳優とはどういうものか分からないままお芝居を始めて、とりあえず勉強が必要だと思って、映画を観たり、本を読んだりしました。そうするうちに自分の好みみたいなものが明確になってきたんですが、僕が惹かれる俳優さんの何がかっこいいのか考えたときに、共通して言えたのが、誰も自分に嘘をついてないところだったんです。だから、僕もお芝居への興味が強くなったというよりも、自分に嘘をつきたくないから俳優をやっているというか、今後もそういう俳優でありたいです。

――俳優は誰かを演じる訳ですから、嘘をつくという側面もありますよね。

富田 誰かが書いた脚本のセリフをいただいて、自分の体を介して喋る訳ですから嘘かもしれません。ただ自分の体を通している以上は真実の部分も含んでいて、少なくとも僕は『i ai』を観たときに、この中の世界が嘘だとは1ミリも思わなかったんです。確かに俳優は嘘をつくという側面の見方もある仕事ですけど、それを本当だと感じるのは、やっぱり感情に嘘をついてないからだと思うし、人間として嘘をついてないからだと思うんですよ。マヒト監督の言葉を借りるなら「今が虚構なのかも分からない」みたいな。俳優に限らず、人間だったら日頃からおべっかを使ったり、建前であったり、嘘をつくことってたくさんあるじゃないですか。でも、そういう嘘をつかない人間でありたいんです。それは難しいことですけどね。

――最後に改めて完成した『i ai』を観た感想をお聞かせください。

富田 ここまで真っ直ぐで切実な映画を観たことがないというのが正直な感想です。詩的な表現や、多彩な色使いなど、めちゃめちゃ情報量が多いから、なかなか気持ちが追いつかなかったりすると思います。一つずつ理解するにはスピードが速すぎるというか、次々とシーンが生まれていく中で、前のシーンが頭の中を駆け巡って、かつて想像しなかったような感情になる。その計算できなさ具合が、生き物を見ているようで。僕は5回ぐらい『i ai』を観ているんですが、そのときの自分の精神状態などもあるんでしょうけど、毎回刺さる部分が違って。でも間違いなく心の奥底に刺さる、すごい映画です。

Information


『i ai』
2024年3⽉8⽇(⾦)より渋⾕ホワイトシネクイントほか全国順次公開

富田健太郎
さとうほなみ 堀家一希
イワナミユウキ KIEN K-BOMB コムアイ 知久寿焼 大宮イチ
吹越 満 /永山瑛太 / 小泉今日子
森山未來

監督・脚本・音楽 マヒトゥ・ザ・ピーポー
撮影 佐内正史 劇中画 新井英樹
主題歌: GEZAN with Million Wish Collective「Third Summer of Love」(十三月)
©STUDIO BLUE

兵庫の明石。期待も未来もなく、単調な日々を過ごしていた若者・コウ(富田健太郎)の前に、地元で有名なバンドマン・ヒー兄(森山未來)が現れる。強引なヒー兄のペースに巻き込まれ、ヒー兄の弟・キラ(堀家一希)とバンドを組むことになったコウは、初めてできた仲間、バンドという居場所で人生の輝きを取り戻していった。ヤクザに目をつけられても怯まず、メジャーデビュー目前、彼女のるり姉(さとうほなみ)とも幸せそうだったヒー兄。その矢先、コウにとって憧れで圧倒的存在だったヒー兄との突然の別れが訪れる。 それから数年後、コウはバンドも放棄してサラリーマンになっていた……。

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富田健太郎

1995 年8月2日生まれ。東京都出身。主な出演作に、『サバイバルファミリー』(17年/矢口史靖監督)、『モダンかアナーキー』(23年/杉本大地監督)、ドラマ『来世ではちゃんとします』(20年/テレビ東京)、ドラマ『前科者 -新米保護司・阿川佳代-』(21年/WOWOW)、ドラマ『初恋、ざらり』(23年/テレビ東京)、舞台『ボーイズ・イン・ザ・バンド ~真夜中のパーティー~』(20年)、舞台『雷に7回撃たれても』(23年) などがある。

PHOTOGRAPHER:YASUKAZU NISHIMURA,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI,HAIR&MAKE:濱野由梨乃,STYLIST:網野正和