オーディションの段階で二人とも役者としての覚悟が突出していた

――小路監督は2016年公開の長編デビュー作『ケンとカズ』で数々の映画賞を受賞し、その後は商業映画からのオファーもあったそうですが、どうして8年ぶりの『辰巳』も前作同様に自主制作という形を選んだのでしょうか。

小路紘史(以下、小路) 早く撮りたい気持ちはあったんですが、自由度の高い環境で2作目を撮りたかったので、『ケンとカズ』と同じスタイルで、予算や規模を大きくしようと。それでクラウドファンディングを活用して、『辰巳』を自主制作しました。

――この規模感の映画を自主制作するのは度胸も必要ですよね。

小路 商業映画をやっていたら度胸がいると思うんですけど、このやり方しかやってこなかったので、僕にとってはこれが普通なんですよね。

――『辰巳』は素晴らしい面構えの役者さんが揃っていますが、キャスティングに半年かけたとお聞きしました。

小路 全員オーディションで一人ずつ決めていきました。ただ主人公のお二人はオーディションが始まった当初、確か最初の週ぐらいに参加してくださって、その時点で僕の中では決まっていました。早い段階で主人公が決まったので、安心感はありましたね。

――お二人のどこに惹かれたのでしょうか。

小路 お芝居が上手いのはもちろんなんですが、人間力というか、初めて会ったときから特別な何かを感じたんですよね。役者って覚悟がないとできない職業ですけど、お二人とも役者としての覚悟が突出していました。『辰巳』を観ていただいたら分かりますが、覚悟の塊です。

――お二人はオーディションを受けて、どんな印象を受けましたか。

森田想(以下、森田) 私は二人一組でのオーディションだったんですが、お芝居を見る審査で、リハーサルみたいなのがあって、その時点で丁寧に人を選んでいる印象がありました。

遠藤雄弥(以下、遠藤) 僕のときは一人だったんですが、辰巳ではなく、倉本朋幸さんが演じた竜二役のオーディションでした。審査では映画の序盤で、竜二が辰巳に声をかけるシーンを演じたんですが、相手役が『ケンとカズ』で藤堂を演じた高野春樹さんというサプライズがあって。映画のイメージもあったので「高野さんだ!怖っ!」と思って、ちょっと気持ちがぐらついたのを覚えています(笑)。

――どうして遠藤さんを竜二ではなく、辰巳で起用したのでしょうか。

小路 なかなか辰巳に合う人が見つからなくて、お芝居の上手な遠藤さんと森田さんとの相性を見るために辰巳役のオーディションに再度来てもらいました。

遠藤 その2回目のオーディションに想ちゃんもいて、一緒に芝居をしました。小路さんは集中力がすごくて、真摯に芝居を見てくださる監督なんだなと強く感じました。

森田 「今見てるなー」ってめちゃめちゃ視線を感じるんですよね。

遠藤 お芝居を見るのが好きなんだなって伝わってきました。それは実際の現場でもそうでしたし。

森田 私は2次オーディションぐらいの気持ちで行ったんですが、遠藤さんと1対1で、すごく本格的だなと思いました。その日もリハーサルがあって、本番でカメラを回してと、時間をかけてやっていたので、オーディションとは思えないほど濃密な時間でした。

――森田さんも1回目は違う役でオーディションを受けていたんですよね。

森田 辰巳の妹役のオーディションだったんですが、当初は台本に葵ちゃん自体が存在していなかったんですよね。遠藤さんとご一緒した2回目のオーディションの段階で、葵ちゃんが存在する台本になっていました。

小路 当初、葵の役は若い男性だったのですが、年端もいかない若造がヤクザを殺すというリアリティを出せる役者が見つからなかったんです。そこで性別を変えて、想ちゃんにあてはめたらしっくりきたんです。

――小路監督自身が脚本を書かれているから、役者さんに合わせて柔軟に変更できますよね。2回目のオーディションでは、二人のどんなところに注目したのでしょうか。

小路 その時点で、僕の中でほぼ二人は決まっていて、相性だけを見るみたいな。自分の判断に間違いはないだろうと確信を持つために行ったオーディションだったので、「やっぱり良かった」と再確認しました。

――『ケンとカズ』もそうですが、主人公の名前をタイトルにするのは、どういう意図があるんですか。

小路 ギャング映画やノワールなど既存のジャンルに挑戦したかったんですよね。やり尽くされたジャンルを、僕の選んだメンバーで再構築したら面白いものになるという思いがあって。そのジャンルで僕が大好きな『レオン』(1994)や『グロリア』(1980)も主人公の名前なので、そういうタイトルにしました。

――『辰巳』の撮影は5年前だったそうですが、当時の森田さんは19歳。遠藤さんはオーディションのときに、どんな印象を受けましたか。

遠藤 驚きました。19歳でこのポテンシャルはすごいなと思って、役者を辞めようかなと思うぐらい(笑)。小路さんも仰っていましたけど、芝居の上手さが前提にあった上で、一緒にやっていて心地良さもあるし、強さみたいなものもあって。それが葵という役にぴったりだなと感じました。

――完成した脚本を初めて読んだときの印象はいかがでしたか。

遠藤 とにかく面白かったですね。

森田 こんなに面白いが先行する台本もなかなかないです。

小路 書いた側としては自信がなくて、みんなで面白くしていこうというのが正直なところでした。

――どの役者さんもセリフの一つひとつが、本物のアウトローのような生々しさがありました。

小路 このお二人はもちろん、キャスト全員に味があって、説得力があるようにセリフを言ってくれたからこそのリアリティだと思います。