気持ちを作る上で、美術に助けられたところは大きかった

――何日ぐらいの撮影だったんですか。

山﨑 間隔が空いた時期もあるんですが、ギュッと凝縮すると3週間ぐらいだったと思います。

――それだけの期間、タエコになり切っていると、プライベートに支障をきたしませんでしたか。

山﨑 撮影期間中は、普通にプライベートで名前を呼ばれても反応が薄かったと思います。パパッと動く私の癖をなくさなきゃいけなかったから、全部がゆっくりみたいな。それは日常生活にだいぶ影響していたと思います。

――都楳監督の演出で特に印象に残っていることは何でしょうか。

山﨑 「動きが早かったら人間らし過ぎるから、野生動物みたいになってほしい」と言われたんです。だから、動物園にいるライオンやキリン、象などの映像を観ました。どんな動きをするのか確認したんですが、意外と動物から学ぶことはあったかもしれません、たとえば「野生動物のように威嚇してほしい」という指示があったときに、「威嚇するときに息を吸っているから自然と肩が上がるな」と私なりに野生動物らしい動作を取り入れました。

――タエコの生活する部屋も独自の美学に貫かれていて、タエコの心情を映し出しているかのようでした。

山﨑 美術監督の相馬直樹さんが作ってくださったんですが、クランクインの日に初めて見て、びっくりするぐらい美しいなと感じました。都楳監督がセットの説明をしてくれた後、「自由に過ごして体に馴染ませてください」と言ってくれて。空き時間もセットの中で休んでいました。気持ちを作る上で、美術に助けられたところは大きいですね。

――部屋の中を動き回るシーンは綿密に動きが決められていたんですか。

山﨑 はい。タイミングも含めて緻密で、それはタエコを演じる上で楽でした。普通は喉が渇いたから飲み物を取るとか、気持ちがあって行動に移るじゃないですか。そうやって自由に動くと能動的になってしまうんですよね、“虚無”を演じるにあたって、決められた動きをしたほうが圧倒的にタエコなんですよね。

――ショウとタエコが対峙する水中シーンはどのように撮影したんですか。

山﨑 入っていくところは湖で情景を撮って、水中はプールです。真っ暗にして水中にスポットライトをあてて撮っていました。

――かなりの水深ですよね。

山﨑 4、5mあったと思います。近くでダイバーさんが見守っている中、自分で耳抜きしながら潜水しました。

――二人とも水中とは思えないほど表情が崩れないので、特殊な映像処理をしたのかなと錯覚するぐらいでした。

山﨑 確かに(笑)。普通に目を開けていますしね。私は潜水の経験がなかったので恐怖感もあったんですが、櫻井さんはインターハイに出場するぐらい水泳に打ち込んでいた方だったので、いろいろ教えてもらいました。

――長い髪で顔が覆われることもなく、しっかりと表情が映し出されていました。

山﨑 奇跡ですよね。あれは私だけの力ではどうにもならなくて、水にも協力してもらいました(笑)。表情が映し出されるカットは何テイクか撮影していただきましたが、ほぼ撮り直しもなくスムーズでしたね。

――撮影は基本的に順撮りですか?

山﨑 バラバラでした。私の場合は、ファーストテイクがクライマックスにかけてのシーンで。いきなり虚無から徐々に心を取り戻していくタエコを演じなければいけなかったので、心を開き過ぎても駄目だし、虚無すぎても駄目だし、めっちゃ難しかったです。順撮りではなかった分、常に都楳監督と「今のタエコはどのぐらいの段階か」みたいな話をしてから撮影に入っていました。

――櫻井さんと共演した印象はいかがでしたか。

山﨑 器用で多才な方です。湖の真ん中で、タエコとショウがボートで寝ているシーンがありますが、あそこまでボートを漕いでくれたのも櫻井さんで。聞いたら、過去にボートをやっていた経験もあったそうなんです。ボートにしても、潜水にしても、櫻井さんがいたからこそ成り立っているんですよね。撮影以外で言うと、写真家もやってらっしゃるので、空き時間はご自身の作品を撮影していて。私は自分のお芝居に精一杯で、ロケ先の美しい景色すら楽しむ余裕がなかったのですごいなと思いました。

――ボートや潜水は櫻井さんありきで用意したシーンだったんですか?

山﨑 それが都楳監督は、事前に何も知らなかったみたいです。やってみたら、たまたま櫻井さんができただけで、「できない俳優さんだったらどうしてたの?」とみんなに言われていました(笑)。都楳監督は“持っている人”なんですよ。ボートのシーンも撮影が終わった後、嘘みたいな大雨が降ってきて。櫻井さんが何でもできるのもそうだし、初心者の私がスムーズに潜水できたのもそうだし、他にも奇跡的に撮影できたシーンが幾つもあったので、強運なんですよね。