お坊さんのお話しを聞いて舞台に出演しているときに悟りを開いた

――板垣さんとはどんなお話をすることが多いんですか。

小西 今回はイッツフォーリーズの劇団公演でもあるので、普段の舞台とはまた違う取り組みというか、劇団のメンバーもいれば、客演で出自の違う役者もいる。僕が普段活動している場所とも違うようなところのミックスなんですよね。その中で、どこを目指すかって考えたときに、僕は自分が知っている一番高いところを目指したいんです。そのためには求められる技術も高くなきゃいけないし、ある意味、みんなが平等でいなきゃいけない。でも方法論の違うメンバーが集まって、一つの共通言語を見つけて、作品の完成に向かっていくのは大変なことなんです。そういう話を板垣さんとすることが多いですね。あとは台本についてです。オリジナルの台本なので、役者からも、こういう風に変えたいと提案しやすいんです。板垣さんとは何作もお仕事していて、深い会話ができる関係性だからこそ、「一緒に作っていこうぜ!」という空気感があります。

――小西さんは『鉄鼠の檻』に出演するにあたって、「戦う前から負けているものに挑むのは些か気が引ける」というコメントを寄せています。この言葉の真意を教えていただけますか。

小西 そのまま、この作品に向かう僕の心境です(笑)。負けを認めつつ、そこに挑んでいかなきゃいけないというのは面白いし、かっこいいことだなと思うんです。この言葉の真意は、いろんな捉え方をしてもらって構わないんですが、僕としては“禅”に挑むこと自体が無謀なんです。なぜなら禅は言葉を否定するんですよ。禅問答って、何となく『一休さん』などで知っている言葉じゃないですか。でも、実際はイメージと違うんですよね。たとえば公案という、なぞなぞみたいなものがあって。「これはどういうことだ?」みたいな問いがあって、それに対しての答えが肩透かしを食らうようなもので、より難解な言葉で返ってきたりするんです。

――たとえばどういうものでしょうか。

小西 この作品にも出てくるんですけど、有名な公案で「狗子仏性」(くしぶっしょう)というのがあって。簡単に言うと、「犬にも仏性があるか」みたいな問いなんです。それに対して、ある僧は「仏性はある」と言う。でも、ある僧は「仏性はない」と言う。一つの物事に対して真逆のことを言って、結局は言葉でないところでの解決になってくる訳です。原作の中禅寺のセリフで言うと、それは「脳の外側」にあるものなんです。だから考えて分かるものじゃない。それが僕の相手なんです(笑)。中禅寺の本業は本屋ですが、言葉で憑き物を落とすというものを生業にしている。そもそも憑き物を落とすって、陰陽師を知らない方からすると、魔法使いみたいなイメージがあると思うんですが、意外と現実的なんです。要は言葉で、その人の業を全て外側に出させるというか、その人自身に業を気付かせる。そういう役割なんだけど、相手が禅僧だったり、禅の会話になったりしてしまったら、その言葉が全く通じない。ということを、最初から中禅寺は分かっているんですよね。それこそが「戦う前から負けているものに挑む」という心境で、僕らが『鉄鼠の檻』をミュージカル化する心境と一緒なんです。基本的にミュージカルって言葉と音楽を使って、感情や時間の経過を届けるものだけど、この作品は前作を観ている方には分かると思うんですが、状況説明がすごく多い。ほぼそれで成り立っていると言っても過言ではない。それをやりながら、そうじゃないものを音楽や言葉に乗せていかなきゃいけない難しさがあって、今回は『魍魎の匣』よりレベルが数段上です。

――そういった禅に関するお話も、小説だと説明がつきますが、限られた時間でのミュージカルでは難しいですよね。稽古場でディスカッションを繰り返していると思うんですが、それによって禅について解きほぐされていくところもあるのでしょうか。

小西 そこはやんわり表現する部分と、それはそれとして見せる部分の両方が必要かなと思っています。難しいものを簡単にするって、ある意味、お客さんを馬鹿にすることだと思うんです。僕らも、この難しさが面白いと思っているので、難しいまま提示する部分もいっぱいあります。禅を理解するということで言うと、禅に造詣の深い方が稽古場までお話をしに来てくれたんです。

――どういう方ですか?

小西 東大卒の優秀な方で、かつては曹洞宗のトップである永平寺にいて、今は個人で副住職をやってらっしゃるお坊さんです。お話もすごく面白かったんですが、佇まいも素晴らしくて、結跏趺坐(けっかふざ)という座禅を組むときの座り方を見せてくれたんです。その姿が綺麗で。僧の役をやる役者さんが横に座ってお話を聞いていたんですが、終わった後に足がしびれて立ち上がれないんです。そのお坊さんはすーっと立たれて、「かっこいい!」と思いました。その際に禅問答みたいなことをさせていただいて、痛みのお話をしたんです。「足がしびれて痛くないんですか」という問いに対して、「痛みは諦める」と仰っていて。

――ものすごい答えですね(笑)。

小西 僕は4月にミュージカル『王様と私』に出演していたんですが、シャム王国(現:タイ王国)のお話で、タイの正座ってつま先立ちだから、すごく痛いんですよ。長いシーンだと耐えられないぐらい痛くて、稽古場でみんなはどうするのかなと思って見ていたら、普通に足を崩していたんです。でも僕はクララホム首相という偉い役だから、居方が大事。なので崩さないでやると決めたんですが、最初は本番中も集中できないぐらい痛かったんです。でも、ちょうど公演中にお坊さんのお話を聞いて、僕も途中から痛みを諦めたんです。そしたら意外と痛くなくなったんですよね(笑)。ある意味、悟りを開いた瞬間でした。