自身で突発性難聴を患い「誰にも会いたくない」と苦しみながらも乗り越えて
――芸能活動では、突発性難聴によって活動休止を余儀なくされる時期もありました。
緑川 2022年3月から、10か月ほどでした。原因が分からなくて、ある日突然、水中へ入ったかのように耳がくぐもったんです。病院では「完治しない」と言われたので落ち込み、しばらくは「誰にも会いたくないし、現状を知られたくない。いっそ、消えてしまいたい」と思っていました。ただ、休止から半年ほど経ってからはあきらめがついたのか、復帰に向けて前向きに取り組めるようになったんです。今も症状は抱えていますが、休止中に同じく突発性難聴を告白されている著名人の方の記事に励まされましたし、私も「誰かの役に立てば」と体験を話すようになりました。
――ライフワークともいえる、受刑者の方々との文通を通して自身の価値観に変化は?
緑川 刑務所へ服役されている方々に対する、世間の見方について考えるようになりました。最初は興味が勝っていましたが、実際に文通してみると「相手も1人の人間である」と身をもって実感しました。なかには、相手が犯罪者という考えから私宛に「犯罪者を甘やかすな」といったDMを送ってくる方もいて。ただそもそも、刑務所は犯罪を犯した方を「閉じ込めておく場所」ではなく「更生」が目的ですし、どうすればその理解を広められるかはずっと考えています。「矯正展」で展示、販売されているものからも伝わりますし、みなさんが日頃使っている製品にも、刑務所で作られたものがあると知ってほしいです。
――熱意がひしひしと感じられて。今後も精力的に、文通を続けていくのかと思います。
緑川 ずっと、続けていきたいです。突発性難聴で活動休止していた時期の返信を書くのもひと苦労で、すべて手書きなので、一気にお返事を書いたときは手首が痛くなるほどでした。ですから、自分のペースでできる限りゆっくり、続けていこうとは思っていて。書こうと思えばいくらでも書けますけど、内容は便せん1枚に収めようと心がけているんです。強いメッセージ性があるわけでもなく、そのとき、その場で感じたことや聞きたいことをまとめて、お手紙を通した会話で、受刑者の方々が更生される手助けになればうれしいです。
PHOTOGRAPHER:TOMO TAMURA,INTERVIEWER:SYUHEI KANEKO