映画を構成する要素の一つに観客がある
――愛鈴さん演じる宮⽥朝⽇のダンスシーンはどのように作り上げたのでしょうか。
金 僕からは役柄のイメージだけを伝えて、ダンス指導の先生として広崎うらんさんに入っていただきました。一度だけ二人の練習に立ち会ったんですが、ダンスの振りを入れて練習をするというよりは、体の動かし方、呼吸の仕方などを重点的に指導されていて、ワークショップのようでした。愛鈴さんが自分で考えて用意してきたものと、うらんさんの考えたものとのイメージの共有は難しかったと思いますが、その中で悩んだことも表現の中に入っているはずです。撮影期間中も愛鈴さんは一人で自主練をしていたんですが、それを見ていたのもあって、ダンスシーンの撮影は感動しました。
――金監督はたくさんのミュージックビデオも手掛けていますが、音楽の作業はどのように進めていったのでしょうか。
金 過去に何度も一緒に作業している⽵久圏さんとhacchiさんにお願いしたんですが、脚本の段階から、「何となくここに音楽が入るだろう」みたいな打ち合わせをした上で撮影に入って。彼らとの共同作業は今回で4本目なので、勝手知ったる部分もありましたし、全幅の信頼を寄せているので、大きく認識がずれることもありませんでした。事前に話し合ったのは、説明的な音楽の入れ方をしないということ。あと僕のリクエストで、波多野敦子さんという方に1曲お願いして欲しいと。愛鈴さんのダンスシーンで流れるストリングスの曲なんですが、もともと波多野さんは大好きなミュージシャンで、波多野さんの音楽が入ったことで、自分の作品がより良いものにぐっと上がったと感じました。
――これみよがしに音楽を使うシーンがないですよね。
金 画が音楽に負けてしまうと本末転倒というか、それこそミュージックビデオになってしまうので、そこは強く意識していました。ただ圏さんは情緒的な音楽も好きだったりするんです。そこはエンドロールの曲に凝縮されている気がします。
――物語が結末を迎えて、エンドロールに入るタイミングが絶妙でした。
金 そこは僕も圏さんもだいぶこだわったところです。観る側からしたら些細なことかもしれないんですが、ちょっとした違いで印象が変わったりするので、残響の消え方などはコンマ何秒レベルで調整をしました。
――外の世界に響き渡る轟⾳を始め、効果音も強烈でした。
金 音響の黄さんとは3本目だったんですが、巨大生物を見せない上で、どんな轟音にするかは試行錯誤を重ねました。ホテルの近くが海で、よく黄さんは外の音を録りに行っていたんですが、それを轟音にも使っていました。クランクイン前も、撮影が終わってポスプロ(ポストプロダクション)に入るときも黄さんと話したのは、どこかSFっぽい印象を与えたいねと。ホテルだけど、よく分からない場所。もしかしたら深海にある潜水艦の中かもしれない。そんなイメージの共有をしたんですが、キャラクターや俳優の感情に合わせてベースノイズを変えるなど、音楽に近い作り方をしているなと思いましたし、全シーンでいろいろな工夫をしてくれました。今回は黄さんに限らず、各部署で何かしらチャレンジングなことをしてもらったのですが、非常に楽しかったです。
――宮⽥朝⽇のダンスシーンで粒子の粗い写真がインサートされますが、クランクイン前から決まっていたのでしょうか。
金 事前に古屋さんとも話しましたし、脚本にも「ここはスチールで」というのは書いていました。映像で見せることが難しいから写真にした訳ではないので、言ってしまうと写真で見せる必要はないんです。ただ数秒間の映像よりも、一枚の写真が雄弁な瞬間があるなと思っていて。劇中にスチールで見せるのは大島渚監督がよくやられていたことでもありますし、僕は大島作品が好きなので、やるならここだろうなと。写真はデジタルでも撮りましたし、一部フィルムカメラも使用しています。
――ざらっとした質感も相まって異物感がありますよね。
金 その異物感がいいなと思いました。
――『あるいは、ユートピア』は渋谷のユーロスペースで上映されますが、編集のときに劇場でかかることを意識しましたか。
金 僕が大学の先生から教わったことの一つに、「映画を構成する要素の一つに観客がある」というのがあります。暗い劇場で、スクリーンに映像が現れて、それが消えるまでのひとまとまりの体験を映画と呼ぶと僕は信じてやってきたので、自然とそういう作り方をしているんだろうなと思います。ありがたいことに編集の段階で、週一回ぐらい試写室のスクリーンでチェックができたんですが、画も音もモニターで観るのとは全然違う印象でした。ぜひ映画館で観ていただけるとうれしいですね。
Information
『あるいは、ユートピア』
渋谷・ユーロスペースにて2024年11月16日(土)〜29日(金)まで上映
藤原季節 渋川清彦 吉岡睦雄 原⽇出⼦ 渡辺真起⼦ ⼤場みなみ
杉⽥雷麟 松浦りょう 愛鈴 ⾦井勇太 / 吉原光夫 篠井英介 麿⾚兒
監督・脚本:⾦允洙
プロデューサー:森重晃、菊地陽介
ラインプロデューサー:⼤⽇⽅教史
⾳楽:⽵久圏
撮影:古屋幸⼀
照明:⼭⼝峰寛
⾳響:⻩永昌
美術:⽵内公⼀
装飾:遠藤剛
スタイリスト:浜辺みさき
ヘアメイク:松本智⾊
編集:⽇下部元孝
スクリプター:⻑坂由起⼦
VFXスーパーバイザー:⿅⾓剛
助監督:⽑利安孝、野本史⽣
ポストプロダクション:ソニーPCL
制作プロダクション:レプロエンタテインメント
製作:Amazon MGM Studios
大量発生した謎の巨大生物によって、ホテルから出られなくなった人間たち。
非暴力&不干渉で助け合いながら平和に暮らしている。そんなある日。
1人の人物が遺体となって発見される。
逃げそびれたのか、逃げなかったのか、真面目なのか、ふざけているのか。
轟音が鳴り止まない。ここは地獄か、理想郷か。
PHOTOGRAPHER:YASUKAZU NISHIMURA,INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI