言葉を使わずに、身体的に伝えるほうが表現としては圧倒的に難しい
――どういう経緯で映画『初級演技レッスン』のオファーがあったのでしょうか。
毎熊克哉(以下、毎熊) 2016年頃に串田壮史監督と広告のお仕事でご一緒して、そのときは「また会いましょう」ということで終わったんです。それから数年経って、串田監督の初長編映画『写真の女』(20)のときに、コメントをいただけませんかと連絡をいただき、『写真の女』を観たら、こういう映画を撮るんだと驚きがあって、その緻密さに圧倒されたんですよね。コメントをお渡しして、「次の作品のときはぜひ呼んでください」とお伝えしたんです。その後、串田監督は『マイマザーズアイズ』(23)を撮られますが、長編3作目の『初級演技レッスン』でお声がけいただきました。
――初めて『初級演技レッスン』の脚本を読んだときの印象はいかがでしたか。
毎熊 最初に読んだときは分からないといえば分からない(笑)。過去の串田作品を観ていなかったら、もしかしたら不安を感じていたかもしれません。ただ僕は過去の作品を観ているのでワクワクしました。しかも3作目にしてヒューマンドラマの要素が強くなって、新境地のタイミングで自分に声をかけてもらってうれしかったです。
――毎熊さんが演じるのは演技講師・蝶野ですが、別名の同一人物も演じています。役づくりで意識したことは?
毎熊 二役やるつもりで考えていました。蝶野がメインキャラクターとして出てきますが、よく分からない人物として存在している。とにかく謎で、何を考えているか分からないというところで、感情などは隠すことを意識し演じつつ、もう一人の澄島誠は“分かる”んですよね。人間らしさのあるキャラクターなので蝶野とは分けて考えていました。
――撮影は順撮りに近かったんですか。
毎熊 撮影期間が10日しかなかったのでバラバラでした。ただ蝶野と誠では髪型も違いますし、撮影の都合上、二人を行ったり来たりしたら逆に時間がかかってしまう。なので、ある程度は髪型を変えなくてもいい順番でした。
――二つのキャラクターを行き来する難しさはなかったのでしょうか。
毎熊 二人のビジュアルが違うので、それほど難しさはなかったです。蝶野は独特のロングコートにロン毛、それだけでも身体的に違うんですよね。たとえばロングコートは裾を踏まないように気をつけますし、ロン毛なので髪の毛が激しく揺れるなど総合的に変わってくる。そういう要素が形を作ってくれるので、ちょっとサイズを変えるぐらいでしたし、そもそも同一人物ですからね。
――オープニングから蝶野が外を黙々と歩くシーンが印象的でした。
毎熊 そこまで蝶野はセリフがないので、歩いているだけとか、見ているだけとか、動きが重要な映画ですよね。撮影自体も冒頭の歩くシーンから始まったので、蝶野というキャラクターを掴んでいくには良い始まり方でした。
――全編に渡って綿密な絵作りが圧倒的ですが、串田監督の演出はどのようなものなのでしょうか。
毎熊 どちらかというと僕ら俳優に対しては演技のことよりも、「こういうシーンになります」と説明してもらうことがほとんどでした。歩くコースにしても、串田監督とカメラマンのペアで綿密に考えていますが、どう歩くかまでの注文はなかったです。
――セリフよりも動きで表現することは、演じる側としてはどうなんですか。
毎熊 やっぱりセリフはセリフなんですよね。日常と一緒で言葉は大したことがないというか、「愛してるよ」って言葉では簡単に言えますし、嘘もつけます。でも言葉を使わずに、この人を愛しているんだと身体的に伝えるほうが表現としては圧倒的に難しくて。言葉がないということは、この人物はどう歩いて、どこに向かうのか、あるいはどこに向かったらいいか分からずに歩いているのか、そういう身体表現=映像表現だと思うんです。言葉だけで表現するならテレビや舞台でもいい。言葉に頼らずに、映像の中での動きでどう見せていくかが映画には必要なことで、特の串田監督の世界では重要なのかなと思います。
――蝶野が演技レッスンを行う空間はどういう場所だったんですか。
毎熊 ぱっと見は普通に工場という感じですが、工場跡地っぽいセットなんですよ。2階にはメイク室っぽい場所もありますし。
――とても映画的な空間だなと感じました。
毎熊 いいですよね。外から入ってくる光もいいし。あの空間がないと、ここまでの世界観は構築できなかったかもしれません。外はめちゃくちゃ車通りの多いところなので、同録で撮っていたら、車の音がうるさくて撮影できなかったでしょうけどね。